久しぶりに帰って参りました![]()
全国ツアーレポ第21弾、初の四国「徳島」です。
徳島と言えば、最近映画の舞台にもなって耳馴染みのある「眉山」そして「渦潮」です。
早速渦潮を見るべく、鳴門へやって参りました。
鳴門から見る淡路島です。
この近くに大塚国際美術館という大きな美術館があります。
美術館巡りも大好きなので是非行きたかったのですが、この日は月曜日ということで休館・・・
気を取り直して、鳴門海峡の渦潮を見に出発!
大潮だと橋の上から見える渦潮ですが、今日のような中潮の時は船で近くまで行かなければ見えないそうです。
2月の鳴門海峡は、東京と変わらないくらい寒いっっ
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それでも船の外まで出てみました。

ものっすごく寒かったけど、こんなにたくさん渦潮に会えました
船のすぐ傍をカモメが飛んでいます
それにしても寒い

翌日は眉山に登りました
といっても自分の足で登ったのではなく、ロープウェイでスイスイ
頂上からは徳島市が一望できます![]()
頂上には、「モラエス館」と言う資料館があります。
徳島と阿波の女性を愛し、晩年をこの徳島市で送ったポルトガル人士官、ヴェンセスラウ・デ・モラエスに関する資料を展示した資料館です。
洋風な建物とは裏腹に、このポルトガル人が日本を、特にここ徳島をとても愛していたことがわかります。
モラエスは母国で「日本精神」「徳島の盆踊り」「おヨネとコハル」など、日本について詳しく書き綴った書物を数多く出版したのだそうです。
晩年、彼は遺書にこう書き残しています。
「ワタクシハ モシモ シンダナラバ トクシマデ ヤイテクダサイ」
彼は元々クリスチャンです。
キリスト教徒にとって、遺体を荼毘に付すということは御法度です。
モラエスという人は故郷を捨て、身も心も日本人として生き、亡くなった後もそうであることを望んだのです。
が、彼女は結婚後間もなく若くして他界。
数年後にモラエスはコハルと言う女性と再々婚します。
このコハルもモラエスより随分年下でしたが、若くして夫よりも先に病死してしまいます。
孤愁の人となったモラエスは、悲しみに耐えながら清貧の暮らしを続け、今でも彼が望んだ通り、コハルと共に徳島で眠っています![]()
ちなみに四国では昔から「讃岐男に阿波女」と言うそうです。
夫にするなら男気のある讃岐の男がいい。
妻にするならしとやかな阿波の女がいい。
と言うことなのだそうです。
モラエスに関する知識をはじめ、徳島では思わぬ収穫がいくつもありました![]()
次こそは大塚国際美術館も見学したい![]()
夏に来て阿波踊りも参加したいなあ![]()
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終わり。
(加筆修正 26th Sep 2020)






