世の中には無礼な人が多すぎる。

は仕事柄、色々な人間、特に男性と話すが、年齢に関係無く、利口な人やそうでない人、人を見下す人、差別する人、モラルのない人、年齢や容姿で判断する人、職業や肩書きで判断する人、誇りは無いのにプライドばかり高い人....などにしょっちゅう遭遇する。

というか、私のような職業の人間にはそういう部分を隠さずに出してくるということなのだろう。

こちらとしては迷惑だが。

それにしても、こやつらはなぜ人間の表面的な部分しか見ようとしないのか。

年齢や容姿や肩書きなど、その人のほんの一部でしかないというのに。


人間の "豊かさ" とはなんだろう。


どんなに経済的に恵まれていても、心の中に夢も目標も希望も何もない人がいるかもしれない。

すでに多くを持っているのに、いつまでも他人を羨んでしまう人もいるかもしれない。

そのような人間を豊かな人間と言えるのだろうか。


そんな人間に憧れるか?

なりたいと思うか?


世間の法として、一度も結婚をしない人は変わり者であるとか、何か人間性に問題がある、などと思われるかもしれない。

しかし実際には、既婚者であっても変わり者や人間性に問題のあるやつはいる。

問題はなくとも、既婚者であっても人生を楽しめない人もいるだろう。

金持ちではなくとも休日の楽しみを持っていたり、一人でも楽しく旅行できたり、独身でも既婚でも、人生を謳歌できる真の “豊かな人間” になりたいものだ。


それにはまず、人と自分を比べて勝ち負けを決めることをやめなければならない。

他人のたった一つの過ちで他の良い面が見えなくなってしまったり、自分とは違う価値観を認めない、そういう習慣を改めなければならない。


どうしてそんなに視野が狭いのか。

私たちの暮らしている世界はこんなに広いというのに。

どうして木を見て森を見ないのか。

キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

この世の中は勝ち負けだけではない。

自分にとっての幸せと他の誰かにとっての幸せは、必ずしも同じとは限らない。


例えば、お金があって孤独な人と、お金がなくて人に恵まれている人と、どちらが幸せなのだろう。


私は『どちらも幸せ』なのだと思う。


どちらも恵まれていることに変わりはない。


他人を羨むときというのは、自分が見えていないだけなのかもしれない。

自分の幸せを、他人のものさしで決めてしまってよいのか。

クローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバークローバー

この世の誰に、人を見下したり、差別したり、いじめたりする権利があるというのか。

立場が上だとか、お客だとか、関係ないだろう。

立場が上なら何をしても何を言ってもいいのか?

そういうしがらみに囚われ、何かを変えようとしない人々。

この世界には、何億もの人間がいる。


ほんの10人20人、
100人200人と縁を切ったところで、どうということは無い。

自分が壊れるくらい我慢してまで、己の今の立場にしがみついて何になるというのか。

そんな我慢ができる人ならば、新しい環境でやれないことはないはずだ。


全てを失っても必ずまた得るものがあるはずだ。


ただ自分で自分の可能性を知らないだけだ。


他人より、自分を信じろ。



終わり。

(加筆修正 15th Sep 2020)