たった今、6年間一緒に苦楽を共にした金魚が亡くなった。
夕べから様子がおかしかった。
水替えの時にはいつも暴れるのに、夕べは違った。
ぐったりしたような、とにかく元気がなかった。
今までそんなに頻繁に水を替えることはなかったが、そろそろ換えないとな、と思っていた。
が、うちの水槽は大きめなので、毎回水替えに一苦労する。
また今日も換えられなっかったな・・・と思いながら、ふと水槽を見て異変に気づいた。
ここ2~3日、水槽の底でじっとしていることが多かった。
死んだのが水のせいなのかはわからない。
けれどもし、もっと早く水を替えていれば今日死ぬこともなかったのかもしれない。
夕べ、水を替えてからしばらく見ていたが、刻一刻と容態は悪くなっているようだった。
水底で動かないだけだったのに、そのうち横になり、時々仰向けにひっくり返り、なんとか体勢を立て直そうともがくけれど、うまくいかないようだった。
朝までもたないかもしれない・・・。
そう思いながら就寝した。
幸い、翌日も息はあった。
益々悪そうに見えたが、何とか持ちこたえていた。
仕事から帰るまでもたないかもしれない・・・。
そう思いながら、家を出た。
それでも君はまだ生きていてくれた。
水を替えたし、案外このまま良くなってくれるかも・・・。
そんな淡い期待さえ持っていた。
・・ほんの一時間前まで。
次に見たときにはもう、亡くなっていた。
亡骸を水で洗ってやると、急に君と過ごした6年間が思い出された。
2002年の成田の祇園祭で掬った4匹の金魚たち。
2ヶ月ほどでだいぶ体も大きくなった。
秋には君1匹だけになっていた。
空気の少ない丸い金魚鉢で、殺風景なガラスの器の中で、長いこと君は生きた。
大きな水槽にしてから2年足らず、仲間の金魚を買ってから1年足らずだったというのに・・・。
思えば君には、名前すらなかった。
君と同じ頃にうちに来た2匹のハムスターが、その1年後、2年後にそれぞれ亡くなっても、君はまだ元気に泳いでいた。
2004年には君を連れての初めての引越しをした。
全ての荷物を運び終えてから、ビニール袋に少しの水と君を入れて、その袋ごと金魚鉢にすっぽり入れて、富里から市川まで車で運んだ。
その2年後には市川から練馬へ。
練馬から川崎へ。
ここから一昨年の春に調布へ引っ越してきた。
調布で金魚鉢から30cm×40cmの水槽を買った。
今更・・・とは思いながらも買った。
水槽はとても広く、淋しく感じた。もう何匹か金魚が欲しくなった。
昨年夏、西麻布のお祭で久々に金魚掬いをやった。
自分で一匹も掬えなかったが、最後に一匹もらって帰ってきた。
同じ頃、金魚屋さんからも一匹買った。
お祭りの金魚は、一ヶ月で死んだ。
君は本当に長生きしてくれたね。
お祭りで掬った金魚が6年も生きると言うことは本当に稀だと思う。
ちょっとした自慢でもあった。
今年の2月、君と一緒に6回目の引越しをした時、今の部屋は居心地がいいから、長く住んでもいいかな、そう思えた。
やっと落ち着ける場所を見つけたのに。
君は、7回目の引越しをしてしまった。
たった一人で。
金魚が死んで、こんなに悲しかったことは、正直今まで一度もなかった。
人間は、どうしていつもこんなに愚かなんだろう。
無くしてから本当に大切だったことに気づく。
何度繰り返したら、無くす前に気づけるんだろう。
いつも、さりげなくここにいてくれてありがとう。
本当はもっと、長生きして欲しかった。
今はまた、2年前のような寂しい水槽になってしまった。
一匹残った子は独りになったことがないからか、寂しそうに見える。
今年の夏も懲りずにお祭りで金魚掬いに挑戦しよう。
新しい子たちにも、君みたいに長生きして欲しいな。
今までありがとう。
もう、画面がにじんで書けない。
