昨年末から
祖母の容体に変化が。

疲れやすく
睡眠時間が長くなり
言葉と表情が減る

そろそろ、限界なのかもしれません。



厳密に言うと、祖母と私は血の繋がりがありません。
母が2歳の時、生母が亡くなり、後妻としてやってきたのが今の祖母。

難しい年頃の長男
全く懐かない長女
まだまだ手のかかる次女

とても大変な日々だったと思います。

それでも。
全員を学校にやり、その後生まれた自分の子と隔てなく愛情を注いできた祖母。
母や叔父達には思うところもあるかもしれませんが
孫である私達は本当にかわいがってもらいました。

特に私は家が親戚で一番近くに住んでいることや
小さいころはホンッとに病弱だったこともあって
よく祖母の家でお世話になってました。

風邪をひくと私の好物をたくさん買って待っていてくれました。
麩菓子、アイスクリーム、桃缶・・・
お昼にはお庭にいる鶏の卵を使ったおじや。
時代劇をみて、お昼寝をして、絵を描いて。
たった一日で元気になる私を、寂しかったんでしょうね
もう一日おばあちゃんちの子になりな、って引き止めてました。


時が経って。
一番下の叔父と、ほかの兄弟との間で不協和音があり
私たちも数年間祖母に会えない時期がありました。

18歳の誕生日。
こっそり電話をかけてきた祖母は本当に寂しそうで。
母には言えなかったですが、悲しかったなぁ。


叔父に子供が生まれ、それをきっかけに蟠りが解けて。
その頃には、祖母は足や目を悪くしていました。
母が目の手術を勧めて、その間は家に来ていた祖母。

ただいま、という一言。
お茶飲む?という一言。
そんな些細なことに、泣くほど感動してくれた祖母。


そんな穏やかな時間をすごした直後
倒れたことをきっかけに認知症となりました。


認知症になると、その人の生まれ持った質が露になります。
怒りっぽくなる人、手を上げる人。
祖母は、いつも笑っている人になりました。

どんなときでも感謝を忘れず
わからないときは笑ってごまかす。

あぁ、わたしもこんなかわいいおばあちゃんになりたいと心底思いました。



私が結婚するまで元気でいるって言ったのに
まだ全然、恩返しできていないのに

細くなった体 冷たい両手 焦点の合わない目

刻々と、別れの時が近づいています。


いずれ別れがくると、それが当然の理だと
理解はしていても、やっぱり、悲しい。 


大事にされた、愛された記憶だけを私達に残して
消えようとする炎。


どんなに願っても、そこに奇跡はありえないんですが。
せめて穏やかに、残された日々を送れるように。


おばあちゃん。
中々会いにいけないけど、また熱を分けに行くからね。
いつもの笑顔で笑ってね。

大好き。