部屋でひとり。
真綾ちゃんの「ユッカ」を聴くと。

大好きな伯母が亡くなったときのことを思い出します。

駅前のお菓子屋さん。
近所の人やお墓参りに行く人に、いつも元気を届けていた人。

最初は、初期の癌で。
大学病院に入院中は同室の誰よりも元気で
病院食を嫌いお見舞いの私たちを巻き込んでは、パフェを食べる、そんな人。

完全に、戦いに勝ったと思ったのに。

数年後、再び入院。
そこからは、本当に早かった。
救いだったのは、地元の暖かな病院だったことかなぁ。

優しいお医者さんや看護士さん。
ごはんも、美味しかったようです。
でも、どんどん食べられなくなって、見ている方が辛かった。


私は当時高校生で。
亡くなる時、そばにいることはできませんでした。
だからこそ、なかなか実感がわかなくて。

制服を来て、兄と一緒に自転車で斎場に向かう途中も
そんなことを話しながら軽快にペダルを漕ぎました。



初めて、ああ、本当にもういないんだなぁ、と思ったのは
棺の中の顔を見た時。
数日前までは、血の通った肉体だったのに
まるで綺麗に作られた蝋人形のようで愕然としました。


高校生ぐらいのときって、人生について、死について
難しく考えたくなる時期だと思います。
私も、そのまっただ中におりました。

でも。
伯母の死を受け止めて、初めて知ったのは
誰かが亡くなった時に思うのは
自分がどれだけその人に愛されていたかということ。
それだけでした。


泣きながら通ったこともある塾。
伯母の底抜けに明るい笑顔があったから、頑張れました。
突然の雨、置かせてもらっていた自転車のサドルには
いつだってビニールがかぶせてありました。

あぁ、あたしはもう
ありがとうも、何も言えないんだと思うと
悲しくて悲しくて、仕方なかった。

それからしばらくして、「ユッカ」に出逢って。
瞬間的に思い出したのが伯母の姿。

伯母は本当に明るい人だったから。
ユッカを聴くと、伯母に背中を押されているような気がして前に進む勇気がでます。


一人で死んでいくけど
一人で生きてゆけない
いつか誰かと僕も愛し合うだろう

大きな瞳が世界のどこかの果てで見つめてくれてる


誰かを、何かを、本当に愛するというのはとても難しいですが。
色々失敗しながら、伯母のように生きられたら良いと思います。


ああ、ダメだ。
今でも、思い出すと涙がでます。
あんまり、成長できてないのかなぁ。。。