おはようございます!
先日のセミナーで「人を育てるには5(ファイブ)ルールがある」
と講師が言ってました。
・褒める
・聴く
・待つ
・受けとめる
・楽しむ
この5つを上司や親は心掛けること!
だそうだ。
人を褒めるということは、実に難しい。
無責任に他人事なら、褒めるどころか大絶賛出来る。
現に、娘の友達には
「可愛いね~」
「頑張ってねぇ~」
「自分の夢をあきらめないでね~」
なんて平気で言える。
社会人でもそうだ。
私は研修でアドバイザーや他社に訪問してる関係で
、
どこの会社のスタッフでも
「あの子は素晴らしい!」
「君は頑張ってるね~」
と大絶賛してくる。
その子のその後は知らなくて済む。
例えその子が辞めてしまっても
「あ、そう」で終わる。
実に簡単です。
しかし、ウチの子や責任のある子には、そうはいかない。
やはり厳しく接する。
では、ルールだから無条件で【褒める】ことがいいのか?
そこには『健全性』が必要である。
この『健全性』は、以前セミナー講師が言った言葉である。
その講師は、『健全性』を暴走族に例えて話してくれた。
とてもわかりやすく、私には腑に落ちた。
【褒めて育てる】
では、「俺たちの命は自分の勝手だろう!」
と言っている暴走族の彼らを
単に褒めるとすると、どのように褒めたら良いのだろう?
「夜中に爆音を立てて、信号無視してノーヘルで走る君たちは最高!素晴らしい!」
と言って無責任に褒めたらどうだろう。
彼らは、調子に乗って、
褒められた事にあおられて舞い上がり
いずれ交通事故で死人が出る。
でも、悲しむ親や先生は
「危ないから止めて!」という。
決して彼達を褒められない。
褒めてはいけない。
では、休日の昼間ツーリングをしているライダーを見て、どうですか?
同じオートバイを乗っている人間なのに・・・
公共性や社会的ルールの上にあるから
「あなたのバイクかっこいいな~」
「俺もバイクに乗りたいな」と共感されるので、
独りよがりや、
俺さえ良ければ、
なんて考えていると、大きな事故を招きます。
ルールや秩序の上で、風を楽しむ。
これが、【健全である】ということです。
暴走族は、ある程度の年齢になり、守る者が出来ると、
自然に何事も無かった様に消えていきます。
もしくは、仲間が事故で亡くなって初めて改心します。
それでは遅いんです。

娘も今、反抗期に入り、なんでも自分で出来ると勘違いをしている。
そんな彼女を大人になるまで、
何も言わずに私は娘をしっかり見守っている。
常に見て守ります。
健全な肉体に健全な魂は宿る。
心技体のバランスが大事なんでしょうね。
今日は長文になりました。
今日も一日ご安全に!
社長
2015/3/20 朝礼メールより
