父の事  3 | 僕、オカマじゃないよ。

僕、オカマじゃないよ。

中性的な容姿の自分が美少年に恋したり、ストーカーにあったりの人生を書いた半生記。
同じような人が読んで少しでも共感してくれれば嬉しいです。

前記事で、私の亡くなった父の事を少し書きました。

私の家は、貧しかった。

けれども、それは正確には少し違っていたのです。

少し説明しなければ、と思ったのです。



父は、大工の棟梁でした。

弟子と従業員で10人くらい居たのです。

そして、東京で家の建築を請け負っていたのです。

今でも信じられない話が有ります。

父の弟子の一人は、弟子の修行期間の4年間で1千万円の貯金が出来た・・・・・

ちょっと、これは無いでしょう?

40年前の1千万円ですよ?

弟子の本人が云っていたので、間違いありません。

(我が家に返す気は、さらさら無かった様ですが・・・・・)

こんな貯金が出来るほど、弟子の給料は高くありません。

10万円もなかったことは明らかです。

どうして、こんな貯金が出来たのでしょう?

それには、ちゃんと理由があったのでした。

例えば、父が酒を御店に飲みに行ったとします。

弟子を迎えに呼びます。

父は、正体不明の酩酊状態です。

弟子は 「親爺さん。迎えに来ました」 とニコニコです。

父は 「おう。ご苦労さん!、コズカイをやろう!」

と云って、万札を・・・・・

次の日は、父は何も憶えていません。

父が酒を飲むと云う事は、こういう事なのです。

弟子は 「迎えに来い!」 という電話を今か、今かと待っていたのです・・・・・・

やってらんねぇよ! まったく!

家に、お金を送ってくれない事も多かった。

それなのに・・・・・・・・弟子は修行期間の4年間で1千万円の貯金!

何? これ何の冗談?

こんな人の子供の気持ちが、分りますか?

私は、本当に心から思ったものです。

となりの叔父さんだったら、面白かったのに・・・・・・

しかし、悲しい事に自分の父です。

とにかく、経済観念がありません。

だから、いつも家計は火の車です。

しかし、そんな人だから、欲しいものは我慢出来ません。
 
カメラも、オートバイも、洗濯機も、電話も、テレビも、そして初の国民車パブリカも!

(パブリカ=パブリック・カーの略)

よその人が買うよりも、ずっと前に父は買っていました。

しかし、家計は火の車!

母は、本当に苦労したのです。


そんな父でしたが、私と弟を大学に入れてくれて・・・・

母が住んでいる家屋を増築して・・・・・

病気で死ぬ直前には、ようやく借金も無くなって・・・・・・・

どっとはらい で亡くなったので、文句の云いようもありません。


それに、私が幼い頃は、出稼ぎから帰って来る度に、大きなオモチャを買ってきてくれました。

本当に大きなオモチャなんです。

私が乗って遊べたくらいですから・・・・・・・・トラックとか、戦車とか。

「大きなオモチャで、大きな心を造るんだ!」

「おとこっちゅうもんはな!」

酒を飲みながら、そんな事ばかり話す親爺でした。

親爺が亡くなった今では、懐かしい思い出ばかりになりました。