かねてより読んでみたいと思っていた
本
に出会ったので
読み始め、そして一気に読み上げた

重松 清の『赤ヘル1975』
時代は、1975年----昭和50年
広島カープの帽子が濃紺から
赤に変わったこの年は
広島に原爆が投下されて
ちょうど30年目に当たっていたという
****
まだまだブラック校則が当たり前に存在する時代
たとえば、中学では男子は坊主頭に刈る

主人公のヤスは
中学に入って、坊主頭になるのに抵抗を感じるものの
親の家計を助けようと青くなるくらい
ジョリジョリ刈り上げるような孝行息子
酒屋の家業を手伝うために入れなかった野球部に
マナブのおかげで入れるまでの話が泣かせる
ヤスはカープが濃紺から
女の子のような赤い帽子に
変わったのが気に入らないという書き出し
***
マナブは、父親の仕事の事情で
東京から広島に引っ越してくる転校生である
父親は離婚もしているし、怪しいマルチ商法にも手を染めた
マナブは、広島県外からやって来たものなら
誰もが感じる「よそモン」意識に囚われている
彼は父親に酒を買いに行かされて
酒店のヤスと友達になる
マナブは大人の事情で寂しくつらい思いもしているのに
ヤスとの友情や広島の近隣住民に助けられて
まっすぐに成長していく
***
ヤスの友達に野球好きのユキオがいる
彼は、自分の仕入れたカープ情報を
自分で「赤ヘルニュース」として教室に掲示するくらい
カープの大ファンである
この3人に加えて、いろいろ個性の強い人物が登場して
話が進んでいく
*****

私の住むマンションから見える太田川の東側に
広島市営基町アパートが広がっている

この近代的な高層アパートに整備されるようになったのが
戦後30年経つ、1975年代なのである
そして、なんと私も主人公たちと同年代である

今はのどかで犬
の散歩がのんびりできるというのに

かつては、戦後住む場所のない人々が
バラックやぼろ布でテントを立てたりしてしのいだ
原爆スラムとも言われたところでもある
軍用地で私有地ではなかったため
そういう人々の暮らしが確かにあったらしい
だが、今はもうすっかりきれいに整備されて
昔、そんな土地であったことすら知らない住民が多いという

この整備再開発事業は
当時の日雇い労働者の
働く現場としての役目を大いに果たした

マナブは、よそモン意識に囚われているゆえに
広島の原爆のことを真面目に学ぼうとする
そして、同じアパートの住民より
広島の8月6日と
長崎の8月9日に挟まれた8月7日の
福山市の空襲のことを知る
福山市を出て「入市被爆」した庄三さんの話も
フィクションとはいえ、心に残る
庄三さんはちぎり絵にして自分の被爆体験を
昇華させたかったのかもしれない

本の表紙を取ってみると
広島市内全図になっている
庄三さんはこの太田川や本川に
黒く焼け焦げた遺体を何重にも貼り続けた
それはどこで完結するのか分からない作業だった
マナブはこの作業を手伝わずにいられなかった
ただ、最後に連れ添った菊枝さんに見せる時が
ちぎり絵の完成だったに違いない
意識が遠のきもう目の見えない菊枝さんが手に触れた
分厚く、でこぼこのちぎり絵
庄三さんは菊枝さんの遺体とともに焼き、
菊枝さんの魂を悼むのである

詩人原 民喜の碑
広島で被爆した体験を描いた「夏の花」がある

戦後70年は草木も生えないと言われた土地に
一番先に花を咲かせたのがキョウチクトウだったことから
「広島市の花」になっている
****

今もこうして訪れる人が絶えることがない
原爆死没者慰霊碑

犬に散歩させるな、おしっこさせるなと
怒りだす人もいるけれど

こうやって、のんびり散策
できる日々に
感謝できる時が来たのだと前向きに受け止めている


「平和の池」をのぞき込むディーン
そうそう、この原爆慰霊碑の前で
初優勝したカープの優勝パレードが行われたのである

野球音痴の私でも本に出てきた
古葉監督・山本浩二・衣笠祥雄・高橋慶彦・北別府学
のカープ選手の名前ぐらいは知っていた

「戦後のカープは弱かった、
弱いだけでなく貧乏でもあった」らしい
そのカープが存続したのは
ひとかたならない地元住民のカープ愛
である
地元住民が初優勝したカープに贈った言葉は
「
優勝おめでとう」だけではなく
「優勝してくれてありがとう
」だったらしい
被爆後の問題に苦しむ人々の心に
カープはパワー
を与えたのである
広島の整備再開発事業が進むにつれて
カープも優勝へ突き進んでいく

私も学生時代にカープVS阪神戦を
観戦しに広島市民球場に見に行ったことを思い出した

カープはすでに強くなっていたであろうし
チケットの購入も大変だったであろうに
当時の私は全くそんなことには無頓着で
カープの応援席に座っていた
本当に申し訳ないと今更ながら気づくのである

かつての広島市民球場跡地

マツダスタジアムには今度こそ
自力で観戦せねばならない

平和記念公園も本の中に登場する場所である
市電も登場する
広島電鉄を含む広島駅周辺の
開発事業も2025年の完成予定で進んでいる
広電が新幹線口まで引き込まれて
さらに便利になるらしい

そして、広島市中央公園の
サッカースタジアム建設事業も進んでいる



数年後には新しく変わりゆく広島
新しい広島を何年もかけて構築中
築き上げたものを一瞬で破壊する侵攻を
ロシアのプーチン大統領は行っているという現実
それにしても今日の太田川は
静かで波もなく鏡面状態である

今日は
朝日も夕日も眺められた
こんな当たり前の日々が
二度と奪われることがないように
考え行動することが
平和の理念なのかもしれない
*****
マナブは春に広島に転校してきて
秋に博多に転校していく
今まで暮らした地で一番良かったのはどこかと
ヤスに問われて、広島だと口にする
ヤスは男なら、親より大事なのは「連れ」だという
自分と同じ時代を生き、
その時代の若い感性で育まれる
「よそモン」と「広島モン」の友情
*****
「よそモン」意識に囚われていたのは私も同じ
愛媛出身だから
神戸から帰って来て
神戸が良かったとは思わないのがいいね
関西弁がまだまだ出てしまう私だけど
忘れていた広島弁が思わず出てしまう
「ありがとね」って
(☚「が」にアクセントがつくの)
では、また、今度。