桜は散り急ぎ~

白木蓮は

新緑を広げる

空は快晴
で心地よく
桜の花びらを踏みしめて進む~


処々の名残桜を楽しむ

暖かくてお腹を冷やすディーン

花びらの中にうずもれてなんてのどか~

友愛の桜みちの帰りに中華専門店へ立ち寄り

迷うことなく

豆腐絲(トーフカンスー)を選びます

これをサラダにして以前いただきましたが
今日は塩焼きそば風にしてみます
モデルの冨永愛さんがやっていると
TVで紹介されていました

帰りにショッキングピンクのトキワマンサクに遭遇~

目につく明るい一画です
この先に
素朴な公園があります

散策
の帰りにディーン
をお花と一緒に
撮影しようと立ち寄り

撮影するも~

暑さに参ってクールダウン

とここで
Sさんと出会うことになったのです

Sさんはこの珍しいチューリップ
が気になって
花壇のお手入れ中のおじさんに
話しかけていたのです

作務衣がよくお似合いのSさん
(☚
撮影の許可をいただいています
)
時々ここの花壇に立ち寄るらしいのですが
今年は特に花がいっぱいでうれしいそうです


このチューリップ
は品種改良されて
茎も短く、花びらも外側にとがって開いて咲いています
花びらも赤と黄のバイカラーになっていて
とっても鮮やかです
このチューリップ
がきっかけで
Sさんの思い出話に耳を傾けることになりました
*****

戦前、ここはSさんの祖父母が4軒長屋を建てて
暮らしていた場所だったそうです
*****
敗戦が色濃くなってきた8月6日
「建物疎開」と言って
木造建築の延焼を防ぐために
軍部に取り壊しを命じられ、避難を余儀なくされました
避難先は親類です
Sさんのおじいさんは早朝から
屋根に上り、建物の取り壊し作業に入っていたそうです
そこでピカドン
に遭ってしまいました
(広島の方は原爆をピカドンとも言います)
おじいさんは屋根の上でしたから
まともに衝撃を食らってしまいました
それでも家の中にいたおばあさんを心配して
名前を呼び続けたら
家の中から返事がしました
そこで、建物の倒壊で動けなくなったおばあさんを
必死で救い出したそうです
おばあさんによると、その時のおじいさんの顔は
だれか識別できないほどの重傷を負っていたそうです
おばあさんの無事を確認した3日後
おじいさんは息を引き取ったそうです
*****

終戦後、おばあさんの息子(Sさんのお父さん)さんが
無事帰還されました
おばあさんは、息子さんの結婚に力を注ぎ、
結婚式を挙げた後
お亡くなりになったそうです
おじいさんが亡くなられてから3年後のこと
「おばあさんの力で私は生かされとるんよ~」と
Sさんは言います
だから、ここに来ていつも心の祖父母に
感謝をささげるそうです

とてもお似合いの作務衣は
おばあさんの着物をリフォームしたものだそうです
おばあさんの喜ぶ顔が見えるようです

長屋のあった場所に生えるクスノキはおばあさん
向こうの背の高いタイサンボクは
おじいさんに思えて仕方がないSさん
タイサンボクの大きな白い花のよい香りを
今年は楽しんでみようと思います
Sさんはいつもこの公園を
きれいに手入れしていただいてうれしいとも
ここは広島市の管轄だそうですが
地元の有志がボランティア活動でも手入れをしているようです

あまりにものどかなこの公園にまつわる思い出話
Sさんは、ロシアのウクライナの侵攻の番組を見るにつけ、
当時も今も民間人には正確な情報が知らされない
悔しさにも触れていました
命をつなげていくということの重み……
どの命も生かされているということを
考えさせられた出来事でした
では、また、今度。