園芸の世界には、

「桜切るバカ、梅切らぬバカ」という言葉があるのだそうです。

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 「ひこばえ」という言葉を知ったのはつい最近のことです。中尾大神宮神社をお参りしようとディーンと立ち寄った時のこと。ここには2本の紅白の枝垂れ梅が左右に植えられていたのですが、右側の桃色のほうが数年前の夏に枯れてしまいました。時々、ディーンのおしっこ用の水を焼け石に水と分かっていても掛けていたので、とうとう本当に枯れたんだなと分かった時は残念でした。

 しかし、そこが植物のすごいところで、親の木がいよいよだめだなと察するや、根元から若木がすくすく伸びてきたのです。このスピードは速いもので、もう新芽が出た、若葉になってきたと、その成長を楽しみにしていました。これが、「ひこばえ」でした。

 それが、昨年の冬だったか、バッサリ切られていました。そのことは、ブログにも書きました。切られた方は、左の元気な白の枝垂れ梅とのバランスを考えて、親の木が枯れ木とは知らずに剪定してしまったのでしょう、というような内容です。

その後、自治会の有志によって植えられていたのがこの梅です。

「照手白」という名前なのが分かります。

「照手白」のブログ → こちら

中尾大神宮神社の桜のブログ → こちら

元気な左側の白の枝垂れ梅

(2020.03.05撮影)

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 参拝したこの日、一人の年配の方が立ち寄られ、「照手白」を眺められていたので、先ほどの話をしたところ、この方は、自治会の役をされている方で、仲間内でも「ひこばえを誰が切ったんや」ということになったんだそうです。「ひこばえ」と言う言葉を初めて聞いたという私に、ちょっととまどっておられました。そこで、すぐにスマホで検索して、「ひこばえ」は根元から、バッサリ切るのが普通なのだということを知ったのです。

 その方に、園芸に関しては、素人ばかりの集まりで手入れをしており、枝垂れ梅にも水だけは一生懸命掛けたけれど、持たなんだという話、神戸市が委託している〇〇造園が中尾大神宮に枝垂れ梅を植えてくれたこと、そして、この地域の樹木の剪定などの手入れを定期的に行っているのだという話などを伺いました。枝垂れ梅に関しては、「ひこばえ」を根元から、バッサリ切っているので、やはり、造園関係の方が良かれと思ってやったのだろうという話で、落ち着きました。

手入れされている中尾大神宮神社の境内

(2020.04.18撮影)

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 その時はそれで終わったのですが、ある方のブログを読んでいて、園芸の思い込みに気を付けなければと思うようになりました。

 それは、とある樹木医によれば、木は無駄だと思って枝を伸ばさない、生きるためには十分な光合成が必要で、もっと葉を出す必要があると分かると、必死に「ひこばえ」を伸ばしていることもあるという説です。「ひこばえ切り事件」は、勝手に人間がひこばえを都合よく切っているということを思い知らされた事件でした。大事なのは、植物の心を思いやって手入れしてやるということ、今一度、園芸のマニュアルをリセットして、五感を働かせて接していくべきだということを考えました。

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(2019.04.04撮影)

 中尾大神宮神社は昔は桜の見事な大木があって、ご近所みんなで花見をしたそうです。10年ぐらい前に住宅地に葉や虫が落ちるとのクレームが多く出て、住宅側の大木を数本を伐ることになってしまったそうです。

 この神社が密かにファンが多いことや自治会の方が手入れをして慈しみ続けているのが救いです。

 時々参拝して、自治会の方々の飲み物代にでもなればいいなとお賽銭を奮発するワタクシです。

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その後

 バッサリ、切られてしまったひこばえの根元から、さらにひこばえが生えているではありませんか。素晴らしい生命力です。ひこばえは「孫(ひこ)生え」と書きます。これこそ、まさに「孫生え(いや、ひこひこばえ?)」でしょう。またもや、ディーンのおしっこ用の水を掛けて帰りました。

 しかし、今度こそ、立派に育てよと願ったのもむなしく、この連休に行ってみたら、無くなっていました。今年は急に夏日になり、暑くなったので、耐えられなかったのかもしれません。残念でしょうがない出来事でした。

 あっ、そうそう、自治会の方が、〇〇新聞の連載小説にもなった「ひこばえ」という本があるよと教えてくれました。重松清氏の作品です。コロナの緊急事態宣言継続中注意ですので、三宮図書館も閉まっています。残念、残念の連続ですが、楽しみが増えたとポジティブにとらえていますよ。

 

では、また、今度。