今回、お盆ということで実家に帰省しました。

昨年の震災で親戚が亡くなり、更に今年の3月におじさんが震災の影響で自殺をしました。


津波で亡くなった3人の親戚のうち遺体がみつかったのは一人で、残りの二人は今だにみつからず、今年の春先にお葬式をようやく行い、お墓も作りました。


自分も震災後、親戚のある気仙沼へ行きたい行きたいと思っていましたが、今回ようやく行くことが出来たわけです。


話しには聞いていましたが、今まで元気だった親戚やつい最近まで会っていた、おじさんが死んだということが到底信じられず、正直、現実を見たくないという恐怖感もありました。


ただ自分の目で見てどうしてもお墓や仏壇に手を添えたいとは思ってました。



家族と仙台から三陸自動車道に乗り、まず津波で壊滅的な被害を受けた街、南三陸町に立ち寄りました。


TVでよく映し出されていたので、あの時は凄くショックを受けました。


実際、街は以前の面影はなく、ほぼ何もない状態になっていました。


下の写真は南三陸町の防災庁舎です。ここで最後まで避難を呼びかけたり、救済にあたった職員の人達が多数なくなっています。


お盆という事で多くの人が花束やお菓子などを持って線香をあげに来ていました。


多くの人が亡くなり、ぼろぼろになった建物が1年5ヶ月経った今も、その被害の大きさを

生生しく物語っていました。


僕も線香をあげ手をあわせた時に自然と涙が出てきました。






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南三陸町をあとにして、気仙沼に向かい、イオンで銀だこ食べました(^O^)/

あまり道沿いに食べ物屋がなかったですね。

イオンは人がたくさんいて活気がありましたね。



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で、親戚たちと合流してお墓参りをして、親戚の家に行き、仏壇に手をあわせ、そこで遺影を

見た時に初めて、もういないんだ、本当に死んじゃったのかと現実を受け止めました。


なんとも複雑な気持ちに陥りました。


奥さん、親を亡くした親戚に、震災の話しや津波で流され、屋根にしがみ付いて急死に一生で助かった息子さんの話を聞きましたが、息子さんは今でも後遺症が残ってしまったようです。


奥さん、親を泣くした親戚は、時が経ったということもあるでしょうが、言葉の一つ一つに力があり、凄く勇気付けられました。


いっつも自分が辛い、苦しい言ってることが本当にバカバカしく情けなくなりました。


こんなに辛い状況を乗り越え、現実と向き合い、力強く生きている親戚を見て、自分の中で

少し物事に対する考え方が変わりました。


実際来て見てみてどう??と聞かれましたが、想像を絶する体験や状況を聞き、何も言葉が出ませんでした・・・・


その後、うちの祖母の実家があった場所に行ってみました。

昔はよく遊びに来ていましたが、たくさんあった家は一つもなく、下の写真の墓石だけが

ありました。


ここでは90名の方が亡くなっていたらしく、石像の後ろには亡くなった人達の名前と年齢が記され、

中には子供や若い人も多数いました。



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この草原になってる場所にたくさん家があり、祖母の実家もありました。

この光景見たら、非常に複雑で悲しくなりました。

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その横に咲いてたひまわりが綺麗でなんか印象残ったので写真を撮ってみました。

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最後に気仙沼の有名な場所に行ってきました。津波にも動じなかった日の出山?だったかな。


サンドウィッチマンもここを訪れてましたね。


銅像とツーショットも撮りました(‐^▽^‐)



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これも有名な竜の木らしいです。大津波にも流されず、今もこうして残っているのが、

凄い印象的でした。全てを超越するものも偶然ではなく必然的にあるのかもしれません。



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とにかく天気も良かったので、海が青くて凄い綺麗でした。

この海がたくさんの人の命を奪ったとはとても思えないくらい・・


今回、震災から1年5ヶ月経ちましたが、こうして足を運び、自分の目で見て、

親戚のお墓や仏前にも手をあわせることが出来、行って本当に良かったと

思いました。


自分の中で凄くたくさん感じるものがありました。


これからも亡くなった人達の分まで一日一日大切に頑張っていきたいと強く思いました。

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