隠世人聟・・・語第四 <よを かくるる ひと の むことなる こと>

◎またまたこの話には感じ入ってしまった。第四の前の第三、不被知人女盗賊語<ひとに しられぬ をんな    ぬすびと のこと>この第三は今昔物語集の中の傑作だと思っている、最高に面白い、痛快であるが、第四は、ちょっと歪んでいる、危ういながらも楽しげであるということで、オレの琴線を揺すぶるのかな。

 

◎前途も暗い男が、縁あって豊かな女と契り、愛情細やかに通いつめるうち、ある日突然、女の父と名乗る醜怪な人物が現れる。

◎男は一夜も欠かさず通い続けるうち、四、五か月ほどして妻が懐妊した。その後、悩む様子で三か月たったあ

る日の昼、この妻の前に年配の侍女が二人附き添って腹を撫でさすったりしていたが、男も、「出産のときにもしものことがありはしないか」と、取り越し苦労に心配しながら横になっていると、前にいる侍女が一人ずつ立っていき、誰もいなくなった。

◎男は、「おいらと 妻がいる二人で横になって いるので 侍女たちめ 気を利かしたな・・」などと思いながら、そのままだらりと横になっていた。

◎北側から人が入ってくる気配がしてふすまが閉じられた。別のふすまが開いたので、「だれがあけたのだろう」と思う間もなく、見ると、赤い衣、蘇芳染(すおうぞめ:赤色だが赤に小豆色を混ぜた感じ)の水干を重ねた袖口が見えた。「いったいなんだ だれがきたのか」と訝っていると顔が見えた。

◎髪を後ろざまに結い、烏帽子もつけず、まるで落蹲(らくそん:)という舞の面のような顔なので、ぎょっとして恐ろしくなった。「さては 昼盗人が押し入ったに違いない」枕もとの太刀を取るや、「お前は何者だ だれかいないか」妻は着物をひっかぶって、汗みずくになって臥していた。

 

◎異様な風体の男がふすまを開けて入ってきた。男はぎょっとして、それでも腰を抜かさずに、枕もとの刀を抜こうとしている。この男の顔は舞楽の面のような奇怪な顔、おまけに、人がみな被っている烏帽子がないという以上さ、盗人か、狼藉ものか・・。赤い衣は男が着るのは普通なのか、異常なのか当時の風習がわからない。

◎落蹲の面、これを調べてみると、まったく異常で素晴らしい、こんな顔になりたいものだと思う反面、どこかでこんな顔をしたご仁と出会うと、オレでも、はっと、ぎょっと、するだろう。まして家にずかずか入ってこられた日には、ひっくりかえるね、ほほほ。

◎舞楽面:舞楽を舞う時につける面:これはわかるけれど、舞楽と伎楽の違いはわからない。古代に大陸から伝わったもののようで、この奇怪な面の形状は痛快である。できた当時はこんなに美しかったと復元したものの写真があるが、見るかぎり、古代のモノで、色あせ、潰れかけ、欠落しているようなものの方が、奇怪という意味でより迫力がある。何度か博物館やらで見かけたような記憶があるが、こんな顔の奴が、目の前にぬっと現れたら、そらあびっくりするわねえ。またびっくりしそうなやつの顔の表現を、舞楽面に例えるなぞ、かわいそうだねえ。 

 

◎此(か)ク伝(いふ)ヲ聞テ、此ノ落蹲二似タルモノ、急(き)ト近ク寄来テ伝ク、「穴鎌サセタマヘ。オノレハ君ノ怖シト思(おぼ)シメスベキ身ニモサムラハズ。

◎声を聞いて、この落蹲に似たる者はすっと近くに寄って来て、「どうぞおしずかに わたしはあなた様が恐ろしくお思いになるような者ではございません この姿をご覧になってこわがりなさるのはもっともでございますが わたしの言うことをよくお聞きくだされば 哀れとお思いになることもございましょう・・」

 

◎穴鎌:どんな刃物だろうと思って調べた。知ってしまうと、「よくまあこんな アテ字」とびっくりくり。あな、かましい(やかましい)だとさ。・・・中途半端で終わるが、あとはご自分で読んでたもれ。