三浦祐之著<口語訳:古事記>

海を渡るオキナガタラシヒメ:戦う女帝

◎ヤマトタケルが亡くなって、ワカタラシヒコの後を継いで大君になったのは、その御子ではなくヤマトタケルの御子タラシナカツヒコじゃった。前の大君の御子ではないものが後を継いで大君のなったのはこれが初めてである。後の代になるとめずらしいことではないのだがのう。

 タラシナカツヒコの大君は、穴戸の豊浦の宮と筑紫の詞志比(かしい)の宮とに座して、天の下を治めたもうた。

◎穴戸の豊浦の宮:山口県下関市。筑紫の詞志比(かしい)の宮:福岡市東区。ともに倭から遠い。以下の伝承によれば、熊襲の国を討つための、遠征さきの仮宮である。

◎タラシナカツヒコの大后オキナガタラシは、大君と共に筑紫に出向いておった時にの、神を依り憑かせたのじゃ。皇后の役割として、神懸かりする能力を求められる。シャーマンには魂を異界に飛ばす脱魂型と、神を肉体の中に入れる慿霊型がある。

脱魂:ある人物の霊魂が神体を離脱すること。病気、失神、夢などが離脱とみなされ、死は永久離脱とされる。 

憑依(ひょうい):霊などが乗り移ること。慿霊、神懸かり、狐憑き・・。

 

◎大君が、熊襲の国を討とうとしていた折での、大君が琴を弾き神のお言葉を請うた時じゃった。

◎太后に神が依り憑いてきての、お告げの言葉がその口を借りて出てきた。

◎「西の方に国がある。金や銀(こがねやしろがね)をはじめ、目の輝くばかりの種々(くさぐさ)のめずらしい宝が、あふれるほどにその国にはある。われは、今その国をそなたに寄せ与えようぞ」

◎大君「西の方を見ましたが、国土が見えず、大きな海が広がるばかり・・」こともあろうに、偽りをなす神じゃと思うて、琴を弾くのをやめてしまった。

◎神がひどく怒ったので、大君はなまなま(いい加減、中途半端、渋々)琴を弾きはじめたが、いくらも経たないうちに琴の音が消え、大君はこと切れた。

 

◎殯(もがり)の場面:

 皆は驚き畏れての、大君の亡骸を殯の宮に納めて、さらに、穢れを祓うために、すべての国々から貢物の大きな幣(ぬさ:白いひらひら紙は御幣)を取り集めての、毛物の皮を生きたまま剥いだり、定めとは逆さに剥いだりした者、田の畔を壊したり、溝を埋めたりした者、糞を神を祀る殿に撒き散らした者、親と子で交わった者、馬と交わった者、牛と交わった者、鶏と交わったり、犬と交わったりした者、そうした罪を犯した者どもの、罪という罪をあれこれ探し求めてきての、それらの罪を祓うため国を挙げて大祓をしたうえで、ふたたび、大臣(おおおみ)が、神のお告げを請うた。

 

◎オキナガタラシヒメに依り憑いた神の教えは、前回と同じでさらに加えて、

 「およそこの国は、そなたの腹の中に座ます御子が総べたもう国であるぞ」

 「腹に座ます御子は、いずれの子で・・」

 「男の子である」

 「かくのごとく教えたもうた神はいずれの神にいますや・・」

 「これは アマテラス大神の御心である」

 「今、まことにその国を求めたいと思うならば、天つ神、国つ神、山つ神、河や海の諸々の神とに、ことごとく幣帛(みてぐち)を捧げ祭り、わが御魂を船の上に置き祀りて、真木の灰をヒサゴの中に入れ、また、箸と平たい皿とを山のごとく作り備え、それらをみな、大海に散らし浮かべながら渡り行くがよいぞ」