お疲れさまです
振替休日の火曜日に、我が輩はコレに行って来ました

福岡市博物館で開催中の
「挑む浮世絵 国芳から芳年へ」
江戸時代後期に活躍した「奇想の浮世絵師」こと歌川国芳。
そして「最後の浮世絵師」と呼ばれ、明治にかけて描き続けた弟子の月岡芳年をはじめとする後継者達の展示会です

(歌川国芳 寛政9年11月15日 - 文久元年3月5日)
いや~タダモノじゃないぜ!このヒトタチ

おどろおどろしい魑魅魍魎達

に、
衝撃的な凄惨描写

かと思えば艶やかで妖艶な美女達

に、
奇想天外なアイデアで描くユニークな戯画

幅広すぎだろ

しかも、全作品が撮影👌だって

さすが福岡市!太っ腹だね~

今回、我が輩が特に楽しみにしていたのは、
バリエーション豊富な奇抜なアイデアで描く戯画と武者絵

(歌川国芳 「源頼光土蜘蛛退治」 文政年間後期)
まずは歴史上や物語に登場するヒーローの勇ましい姿を描いた「武者絵」から
(歌川国芳 「竜宮玉取姫之図」 寛永6年)
(歌川国芳 「和漢準源氏 乙女 天羅国班足王 悪狐卒陽夫人顕」 安政2年)
発想力ハンパないな

(歌川国芳 「児雷也と大蝦蟇」 寛永5年)
国芳といえばコノ絵
「相馬の古内裏」
(歌川国芳 「相馬の古内裏」 弘化2~3年頃)
平将門の遺児、滝夜叉姫が妖術によって、ガイコツを出現させたという作品

ヒーローの勇ましさを強調するためには、対峙する怪奇をいかに恐ろしく表すか?
ということが重要だそう。
(歌川国芳 「朝比奈三郎鰐退治」 寛永2年)
ヒーローものは、歌川国芳の出世作であり、最も得意とした絵だそう。

(歌川国芳 「将軍太郎良門 蛙の力あらそい」 弘化元~3年頃)
そして、そのDNAは弟子たちも引き継がれ
国芳や弟子がヒーローたちをいかに表現したのかが面白かったです

(歌川国芳 「源三位頼政鵺退治」 文政年間後期年)
八犬伝をテーマにした作品も
(歌川国芳 「八犬伝之内芳流閣」 天保11年)
そして「戯画」
これこそ国芳画の醍醐味

(歌川国芳 「流行猫の戯 身の臭婬色時」 弘化4年)
幕府に対しての皮肉、世相を国芳ならではのユーモアあるタッチで描いています

(歌川国芳 「としよりのよふな若い人だ」 弘化4年頃)
牡丹の花弁を獅子で表した作品。
(伝歌川国芳 「深見草獅子彩色」 弘化4~寛永元年)
大の猫好きだったようで、猫も得意なモチーフの一つだったよう

(歌川国芳 「日本駄右エ門猫之古事」 弘化4年)
一番気に入ったのは、この絵。
(歌川国芳 「里すゞめねぐらの仮宿」 弘化3年)
当時、天保の改革により遊女絵が禁止されたそうだが、
皮肉たっぷりに、あの手この手を使って描き続けたのも、人気だったらしい

改革を完全にバカにしてる絵

(歌川国芳 「亀喜妙々」 寛永元年)
亀の顔は当時の役者。
役者絵も禁止されたそうだが、コレも同じような回避策で対応した

コレは当時、半日で販売中止になったという問題作

信長、秀吉、光秀がこねた餅を、家康が横からパクッてる絵だそう

(歌川芳虎 「道外武者 御代の若餅」 寛永2年)
すぐに回収したが、人気がありすぎて海賊版が出回ったらしい

すでに、この時代から海賊版が存在してたんですね~

(歌川国芳 「駒くらべ盤上太平棋」 天保14年)
そして、繊細に描かれている美人画も

(歌川国芳 「文月の七夕」 天保年間中期)
淡い色使いに細かいライン。

(月岡芳年 「月百姿 四条納涼」 明治18年)
そして、柔らかな曲線
(歌川芳重 「睦月 中万字屋内錦木」 天保年間中期)
(月岡芳年 「古今比女鑑 秋色」 明治8~9年)
絵から醸し出される妖艶なオーラは、女の性の塊という感じがします

(落合芳幾 「新吉原角街稲本楼ヨリ仲之街仁和賀一覧之図」 明治2年)
中には、こういった絵も・・・

「血みどろ絵」と呼ばれる、
落合芳幾と月岡芳年が手がけた「英名二十八衆句」

(月岡芳年 「英名二十八衆句 団七九郎兵衛」 慶応2年)
コレ等はまだ序ノ口です

(落合芳幾 「英名二十八衆句 西門屋啓十郎」 慶応3年)
ここにいたり、残酷さ極まれり
(月岡芳年 「東錦浮世稿談 幡随院長兵衛 神田伯勇」 慶応3年)
女盗賊、鬼神のお松

旦那の仇を討ったあとの場面

(落合芳幾 「英名二十八衆句 鬼神於松」 慶応3年)
ガチで凄惨な絵も多々あり、
あまりにも生々しい殺戮場面

(月岡芳年 「英名二十八衆句 因果小僧六之助」 慶応2年)
会場では一番人気で人だかりが出来ていました
観てはならないモノを見たくなるのは、心理なのですね・・・
皆釘付けでした

こんな看板もwww
当時の「絵草紙屋」(えぞうしや)の再現コーナーもありました

国芳も、なかなかブレイク出来ずに苦労していた時期があったそう。
そして試行錯誤を繰り返し、庶民の好奇心を追求して、
ようやくたどり着いたのがコノ「奇想」
(歌川芳房 「清盛布引滝遊覧義平霊難波討図」 安政3年)
人間、異形や怖いものは、何故か逆に見たくなるモノ。
(月岡芳年 「新選東錦絵 延命院日当話」 明治18年)
国芳は、ソコを絶妙に付いてくるのが上手い絵師だと感じました。
そもそも浮世絵は、江戸時代に庶民のだれもが楽しんだ娯楽だそう。
(歌川芳虎 「鹿児島の女軍隊力戦の図」 明治10年)
娯楽の少ない時代、そうした娯楽にさえ圧力がかかってしまった当時の庶民。
法の網をかいくぐりながら、国家権力を批判する国芳の浮世絵は、
そうした欲求を解消してくれるサイコーのエンターテイメントだったのだそう。
(歌川芳艶 「為朝誉十傑 白縫姫 崇徳院」 安政5年)
国芳の場合、もう完全に幕府をおちょくって楽しんでるようにも見えたが・・・

浮世絵師達が時代をどう捉え、いかに商品としたのか?
(月岡芳年 「東名所墨田川梅若之古事」 明治16年)
国芳画の魅力の謎が、少しだけ解けたような気がしました。
浮世絵界に表れたニューウェーブ

コレぞ幕末のサブカルチャー

江戸っ子パンク

歌川国芳の
「挑戦」と言う名のイマジネーションの世界にどっぷりと浸かってきました

(歌川国芳 「浮世よしづ久志」 弘化3~寛永元年)
終わり良ければすべて良し
