お疲れさまですニコニコ

 
 
大分、気温も下がったけど・・・
 
 
まだまだ暑い晴れ
 
 
甥っ子共々ダラけ中~ガーン
 
 
と言うことで音譜
 
 
クセ毛をキレイに生かしたショートスタイルですニコニコ
 
 
バンドブローで簡単にセットできます音譜
 
皆様も是非にひひ
 

でわでわパー

 

 

 

御来店の際には、マスクの着用をお願い致します。

詳しくはコチラも

https://ameblo.jp/0214-melon/entry-12585762640.html

 

 

 

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Twitterhttps://twitter.com/kamdamasakidaaa

 

 

◇バス停「白銀」より、徒歩2分。

 

◇モノレール「香春口三萩野駅」より、徒歩5分弱。

■北九州市小倉北区吉野町 12-21-1F

■080-1716-5882

■予約状況http://ameblo.jp/0214-melon/entry-11922867165.html

■コンセプトhttp://ameblo.jp/0214-melon/entry-11409011873.html

■メニュー http://ameblo.jp/0214-melon/entry-11278234432.html

■お客様へのお願いhttp://ameblo.jp/0214-melon/entry-11500047916.html

■営業時間(10時~20時)■夜間営業(20時~22時)

■毎週月曜日定休日
■駐車場有り

お疲れさまですニコニコ

 
 
 
次の日は、北九州市立美術館・本館で開催されてる
「ランス美術館コレクション 風景画のはじまり コローから印象派へ」
に行ってきました!!
 
 
おー、ココも徹底してるな~アップ
 

マスク着用、消毒、検温、連絡先の明記にソーシャルディスタンスの徹底などビックリマーク

 

これで安心して見ることができますニコニコ

 
 
当時フランス絵画において、自然の風景というのは主題の背景であり、「風景画」というジャンルは、まだ存在しなかったようです。
 
(アルシ=エトナ・ミシャロン 「風車小屋のある風景」 1814-16年)
 
 
「風景画」がジャンルとして成立したのは、19世紀初頭のようで、
チューブ入り絵の具の発明や鉄道の発達に後押しされ、
画家達はアトリエの外、野外での制作に励むようになり、それまで背景に過ぎなかった自然の景色を主役とする絵を描くようになったそうです霧
 
(ギュスターヴ・クルーべ 「レマン湖の岸辺(急流)」 1875年頃)
 
 
特にパリ南東のバビルゾン村は、たくさんの画家達が集まっていたようで、
今でいう「インスタ映えスポット」的な場所だったみたいカメラ
 
(コンスタン・トロワイヨン  「ノルマンディー、牛と羊の群れの帰り道」 1856年)
 
 
そして、バルビゾン村に滞在や居住した画家達の事を「バビルソン派」といわれ、
中心的存在のコロー、ミレー、ルソー、トロワイヨン、ディアズ、デュプレ、ドービニーの7人は、「バルビゾンの七星」と呼ばれていたのだそう得意げ
 
(シャルル=フランソワ・ドービニー 「風景、雨模様の空」 1865年)
 
(ジュール・デュプレ 「風車」 1835年頃)
 
(テオドール・ルソー 「沼」 1842-43年)
 
 
風景画の先駆者、「コロー」の作品
 
(ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 「地中海沿岸の思い出」 1873年頃)
 
(ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 「イタリアのダンス」 1865-70年)
 
 
コローの作品は、一見、暗そうに見えましが、
ところどころ光が差し込み穏やかな雰囲気に感じる作品でした音譜
 
(ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 「春、柳の木々」)
 
(ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 「突風」 1865-70年)
 
 
版画作品も展示してありましたニコニコ
 
(ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 「森の中の大きな騎手」 1854年)
 
 
モノクロで描かれた繊細作品達音譜
 
(ヨハン・バルトルト・ヨンキント 「 オランダ、マースラン村からの眺め」 1862年)
 
 
見事すぎますビックリマークにひひ
 
(シャルル=フランソワ・ドービニー 「カラスのいる木」 1867年)
 
 
一番気に入ったのは、同じく先駆者の「ブーダン」アップ
 
(ウジェーヌ・ブーダン 「上げ潮(サン=ヴァレリの入り江) 1888年)
 
(ウジェーヌ・ブーダン 「トルーヴィルの浜辺」)
 
 
「空の王者」と言われるだけあって雲の描写は見事!!
 
(ウジェーヌ・ブーダン 「水飲み場の牛の群れ」 1880-95年)
 
 
臨場感が素晴らしく、常に自然の光を追求していたみたいです。
 
(ウジェーヌ・ブーダン 「ベルク、船の帰還」 1890年)
 
 
そして印象派達の作品もニコニコ
 
(クロード・モネ 「べリールの岩礁」 1886年)
 
 
写実的ではない描き方や色使いで、また独特なタッチで風景を表現し、風景画はさらに発展していったんだそう。
 
(カミーユ・ピサロ 「ルーヴル美術館」 1902年)
 
 
人物画で有名なルノワールも、初期は風景画を描いていたみたいです。
 
(ピエール=オーギュスト・ルノワール 「風景」 1890年頃)
 
(マクシム・モーフラ 「日没の岩礁」 1899年)
 
 
美しい自然の風景画
 
 
風景画が生まれ、コローやブーダンを経て印象派へ・・・
 
 
フランス絵画の風景画の歴史が分かりやすく展示してありましたニコニコ
 
 
 
そして絵を見て思っていたことは、
昔は何かを学ぼうとしても、今ほど情報量もなく、
技術の習得には、独学など個々の努力にかかっていたんだそう。
 
 
この春から色んな事がストップし、今までのような日常が決して自然にあった事ではない事を改めて感じさせられました。
 
 
「当たり前」は「当たり前じゃない」事を、もう一度しっかり見つめ直し、この先も過ごして行こうと思います!!
 
 

でわでわパー

 

 

 

御来店の際には、マスクの着用をお願い致します。

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■毎週月曜日定休日
■駐車場有り

お疲れさまですニコニコ

 
 
 
先週、お盆休みを頂いてましたので、久しぶりに美術館に行ってきましたビックリマーク
 
 
 
久留米市美術館で開催中の、
「白馬のゆくえ   小林萬吾と日本洋画50年」
 
 
明治、大正、昭和戦後と、50年に渡る日本洋画の歴史を小林萬吾と共に歩んできた「白馬会」の画家達の展示会です音譜
 
 
それと、今の状況もあってか、美術館も徹底してるな~カゼ
 
 
マスク着用は勿論、入ってすぐ消毒、検温、連絡先の明記。
会場内では、ソーシャルディスタンスの徹底などビックリマーク
 
しっかり対策がなされてましたニコニコ
 
(小林萬吾 1870年5月31日-1947年12月6日)
(小林萬吾 「自画像」 大正初期 )
 
 
1888年(明治2年)に上京し、安藤仲太郎にお世話になりながら、原田直次郎に弟子入り。
 
(安藤仲太郎 「日本の寺の内部」 1893年)
 
(原田直次郎 「上野東照宮」 1889年)
 
 
そして黒田清輝との出会い。
 
(黒田清輝 「婦人像」 1892年)
 
 
黒田清輝は、9年間のフランス留学で、印象派を目の当たりにし、明るい光をまとった絵画技法を学び持ち帰りました。
 
(黒田清輝 「読書」 1891年)
 
 
小林は、フランス仕込みの明るい絵に衝撃を受け、黒田清輝にも弟子入りしたそうです音譜
 
 
(小林萬吾 「芝増上寺」 1892~93年)
 
(和田英作 「八幡境内の秋」 1894年)
 
 
そして1896年(明治22年)、洋画団体「白馬会」が結成ビックリマーク
 
(小林萬吾 「物思い」 1907年)
 
(和田英作 「渡頭の夕暮」 1897年)
 
 
それと同時に「東京美術学校、西洋画科」が設立され、小林は卒業後も教授として努めていたそう。
 
(小林萬吾 「門付」 1900年)
 
(小林萬吾 「渡舟」 1909年)
 
(藤島武二 「逍遙」 1897年)
 
 

印象派のような光を描いた黒田清輝「木かげ」

 

(黒田清輝 「木かげ」 1898年)

 

 

オウムに言葉を教えてる様子オカメインコ

 

(矢崎千代二 「教鵡」 1900年)

 

 

三味線の稽古場を描いた作品

 

(白瀧磯之助 「稽古」 1897年)

 

下町の風情感漂うお気に入りの一枚ニコニコ

 

 

(児島虎次郎 「登校」 1906年)

 

 

1911年(明治44年)には小林もヨーロッパへ3年間留学。
 
(金山平三 「林檎の下 (ブルターニュ)」 1915年)
 
 
沢山の海外の作品に影響を受け、藤田嗣治や与謝野夫妻たちとも交流があったそう。
 
(アンリ=ジャン・ギヨーム・マルタン 花と泉水)
 
(有島生馬 「宿屋の裏庭」 1909年頃)
 
 

児島虎次郎の「和服を着たベルギーの少女」

 

(児島虎次郎 「和服を着たベルギーの少女」 1910年)
 

明るく優しい色使いと、少女のあどけない表情、

画面全体から温かさが溢れてくるような作品音譜

 

 

丁度留学した1911年に白馬会は解散。
 
(小林萬吾 「磯菜摘」 1915年)
 
(黒田清輝 「菊」 1912年)
 
(和田英作 「赤い燐寸」 1914年)
 
そして後を継いだのが「光風会」ビックリマーク
 
(児島虎次郎 「花鋏を持つ婦人」 1913年)
 
(辻永 「椿と仔山羊」 1916年)
 
(藤島武二 「蒙古の日の出」 1937年)
 
 
小林は帰国後、そこにも参加。
そして小林をはじめ同世代の画家達が、西洋の油絵を日本の洋画へと成熟させていったそうですニコニコ
 
(南薫造 「ピアノの前の少女」 1927年)
 
(太田喜二郎 「麦秋」 1914年)
 
 
中国服を着た女性
 
(小林萬吾 「花鈿」 1927年)
 
 
この頃から中国服や韓服が登場したそう得意げ
 
(矢田清四郎 「支那服の少女」 1927年)
 
 

三越の包装紙が有名な猪熊弦一郎「座像」

 

(猪熊弦一郎 「座像」 1929年)

 

奥さんをモデルにしたモダンな美人画でした音譜

 
 
そして美術学校教師を勤めるかたわら、自宅でも「同舟舎」という画塾も開き手広く指導していき、
1947年(昭和22年)に他界したそうです。
 
 
その後、生前に育てた画家達が大活躍したそうで、牛島憲之、駒井哲朗らが輩出しましたアップ
 
(牛島憲之 「白い工場の風景」 1968年)
 
 
小林のまいた種は見事に芽吹いたみたいですニコニコ
 
(駒井哲郎 「時間の玩具」 1970年)
 
(駒井哲郎 「題名不詳」 1971年)
 
 
明治~昭和、日本が最も日本らしかった時代。
 
 
着物姿の女性、力強く働く男性、のどかな田舎の風景、どの作品もモダンで魅力的で美しかったですニコニコ
 
 
先人達が積み上げて行った日本の歴史。
 
 
それが絵画と共に感じ取ることの出来る展示会でした音譜
 
 

でわでわパー

 

 

 

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◇バス停「白銀」より、徒歩2分。

 

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