その人の目をみれば人間性や全てが表れる。嘘も目には隠しきれない。例え嘘を突き通したとしても何かの拍子にバレる。
私は癖なのが、人の目をよく見て話してしまう。特に大切な要件の時やその人の言うことの深さを知りたくて(よくうわべでは言うことと、本当に伝えたいことが違うところがある)だから目をみる。
人の目が怖がった時もある。いつもうつむいていたし、その人の目から自分が写るのも嫌で仕方なかった。
19歳の時にそのコンプレックスを出す作品(目ばっかりをコラージュしたり、描いたりしたもの)を作って、合評したら私の気持ちが伝わったらしく、先生にほめられた。作品というより内容が。 人にほめられるってとても気持ちがいいこと。嬉しかった。
ただそんな事で 私は人と話す時に目を見ていくようになった。愛情の裏返しを感じるのはうわべの感情だけじゃわからない。勿論、目だけ見てもわからない。 よく人を見るということはただ単に見るんじゃなく、話し方やしぐさ、好み、声やジェスチャーも全てを通して見る。
それってすごいパワーもいるし、面倒くさいことかもしれない。
私はよくおとなしい人や真面目な人のイメージをもたれる。それは悪い気もしないのだけど、表面と内面とは相対する時もある。見た目とそのままもあるが、 人の意見や噂などでその人を判断してしまっては駄目。人それぞれの見方。自分とは違うから。
先入観は怖い。世界を狭くしてしまう。 小、中学生の私は周りからの私のイメージや先入観で思うように発揮できず、日々フラストレーション★
そういうことをうまく表現できずに、暗い人と言う人もいた。自分をちゃんと見てくれる人はいちいち自分を説明しなくてもわかってくれるもんだ。
悪い事も、良い行いも誰かが見ている。 どうせ私なんか、俺なんて会社にいなくてもいい存在なんて言っちゃ駄目。あなたの良さはあなたしかないし、自分を卑下するのは勿体無いでしょ?
周りも自分も見えてないからそう思えてしまうが、かけがいのない存在であること、もっと ひとりひとりの存在が大切にされる社会になれば…
そんなことを思いながらまだまだ青いくさい私は夢や希望を捨てたらあかんと切に思うのである。

