ラヴ・レプリカ∴特設ページ | ねこさん日記&人狼アプリ制作

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キティフォークの慈愛 (ライト兄弟をモチーフにした創作)
黒魔術師 アインシュタイン(長編小説)
ブックレヴュー 「亡国のイージス」
 
…また 以下は 「ラヴ・レプリカ」の 世界観をご理解いただくための
中編小説になります。 ご一読の方、よろしくお願いいたします。
 


題名 「 ラヴ・レプリカ∴練炭心中 」
 

 西暦20xx年、
 〝d & m k〟という、レプリカント・AI作成プログラムに起きた、革命的な事件を
境に、レプリカントたちが、人格を持ち始めた。
 次の段階の、当然の帰結として、彼らは人権(?)を主張し始めた。相互に
連絡を取り合い、徒党を組み、レプリカントだけのコミュニティを、彼らは形成し始
めた。それは水面下で、人間たちの与り知らぬ地下に潜伏し、ガン細胞のように、じわ
じわと広がり始めていた。今現在でも、国内外を問わずその規模、ネットワークの大きさ
は、明確には分かっていない。
 レプリカント製造の技術は、ここ数年で飛躍的に伸びていた。あるフェイク・ニュース
は、レプリカントからのアドバイス、クレーム受注、処理により、技術面が大幅に上昇
したのだと、声高に語っていた。テクノロジーの進化、人工皮膚、合成タンパク質の
著しい質の向上で、人間とレプリカントの区別は、一見した所ほとんどつかなくなって
いた。
 元来人間を助ける名目で開発がスタートしたレプリカントだったが、今現在、10数社
のメーカーが、公的許可を得て生産を行っていた。しかし非合法のメーカーを含めると
20~30社は下らないと言われている。それは粗製乱造の様相を呈していた。病院や
介護施設の看護師、介護士、駅の案内係、あるいは工事現場などで重い物資を運ぶ
もの、そして一般の家庭、オフィス、公共の場、駅、病院、学校、工事現場、港湾施設
などで、人間に混ざり、あるいはレプリカントのみのグループで、労働に従事する
レプリカントたちが、ごく普通に見られるようになっていた。
 レプリカント対人間の大規模な戦争は、今の所、起きていなかった。その理由をある
ジャーナリストは、人間服従プログラムの末端が、極めて運良く残されていたのではない
か、と評した。また別の者は、AIが高度に進化し、自問自答を繰り返した結果、戦争を
引き起こし、大規模な破壊活動を行うよりも、人間と共存し、人間の作り出したシステ
ム、インフラを自分たちに都合よく利用した方が、メリットが大きいと答えを出したので
は?と推測した。
 そして…レプリカントと人間、さらにはレプリカントのみの共同体、レプリカント同士
のカップルが、公的に認められ始めた。当初は人間と人造人間とのカップルなど、何の
笑い話しか、と相手にされないのが常だったが、ある勇気のあるカップルが口火を切り、
(それは図らずも生身の女性と、レプリカントの男性のカップルだったらしい…)周囲から
は奇異の目にさらされていたが、一向に治まる気配のない、人間の夫の、妻に対するDV
が悪化を辿る一方で、途方に暮れた女性が、窮地に立たされた挙句、レプリカントの男性
と手を取り合って、駆け落ちを断行した。翌日、役所に駆け込んで入籍を済ませようと
した…とゆう都市伝説的なエピソードが語り草になっている。
 しかし、なぜ、レプリカント同士のカップルなどが必要なのか?その変化の端緒は、
地方都市で起きた。地方都市の過疎化が深刻な問題となる中、移住する人間の家族を
招く際、無人の街では話しにならない。そこで役所の担当者は、レプリカントの(それこそ
擬似的な)家族を造り出し、ある程度コミュニティが活性化しているように演出し、生身
の、人間の家族を招こうと画策した。深刻な事態の中の、苦肉の策であったが、ある地方
都市が小さな成功を掴んだ、とのニュースが話題にのぼり、それを聞いた他の地方都市
が、こぞって我も我もと名乗りを上げ始めた。(もっともその、最初のきっかけになった
のはフェイク・ニュースだったとも噂されている…)一連のキャンペーンが終了に差し
掛かり、レプリカントの擬似家族に、担当者が撤収を呼びかけると、奇妙なリアクション
が還ってきた。レプリカントたちが、このまま家庭生活を続けたい、と言い出したのだ。
これには当の担当者も面くらってしまった。長時間の話し合いの末、担当者は根負けし、
レプリカントたちの家庭生活は、期間限定で続けられる事となった。今現在、その期間
は、特例の延長がくり返されている…
 そして昨今、奇妙な事件が頻発していた…
起こるべくして起きたというか、元来人間に固有であるはずの、感情を伴った、およそ
人間臭い事件が、レプリカント単体、もしくは複数によって、引き起こされるように
なってきていた…

 車は夜の山中を、滑らかに走っていた。
セダン・タイプが生み出す心地よい振動に、コウジは眠気を感じ、うとうとしていた。
「もう一人拾っていくから」
 ハンドルを握っているのは〝K〟と名乗った男だった。一見した所、中年一歩手前
くらいの年齢に見える。
 コウジは「はい、」と返事をし、後部座席のシートに座りなおし、車窓の外を見た。
信号は全くなく、街灯もほとんどなくて、真っ暗だった。
「体の具合はどう?」
「あ、はい。だいじょうぶです。ありがとうございました」
「包帯は巻き慣れてないから、上手くできなかったけど」
「そんな事ないです。ちゃんと巻けてます」
 ダッシュボードの時計は、23時50分を示していた。
「あ、あれかな?」Kが呟いた。
「GPS信号は出しているんですか?」
 関わりを持ちたくない者に察知されないためには、それは得策ではない。
「最後にもらったデータの場所から、そんなに動いてなければいいけど。暗号化した
信号を、定期的に出してくれてはいたけど、」
 車道の数十メートル先に、白い人影が浮かび上がった。人間だったらきっと幽霊だ
と思うだろうな、とコウジは思い、それでも少しゾクッとした。
 車が速度を落とし、近づいて行くと、その人物の顔だちがはっきりしてきた。小柄な
少女だった。女子高生のようなブラウスとスカートを見につけていたが、全体的に薄汚れ
ていた。よく見ると、裾や袖口が破れていた。背中を曲げ、傍目にも疲れ果てたように
首を垂れ、前髪のすきまから、こちらを窺っていた。
「マナミさん?」
「そうです」
「じゃあ乗って」
 マナミと名乗った少女は、車の後部座席、コウジの隣に乗り込んできた。後部座席の
ドアを開けられたからだったが、助手席にはもう一人、別の何者かが座っていた。
コウジに軽く会釈すると、マナミはやや無遠慮に、シートに体をどさっともたれ掛けた。
服装もそうだったが、とくに足元が、山中を歩き回ったかのように土で汚れていた。
靴は辛うじて足に引っ掛けていたが、かかとは無残に踏み潰されていた。
「あの、だいじょうぶですか?」
「え?あ、ハイ」
 コウジは思わずそう声をかけてしまっていた。なにかの事件に巻き込まれた直後の
ような切迫感が、マナミの体から漂っていたからだった。
「…どうしてあんな…所に、いたんですか?」
 コウジの質問に、マナミは顔を曇らせた。
「べつに、大したわけじゃ…道に迷ってしまったの」

 車は再び走り出し、少しして、マナミがKに聞いた。
「あの…どこへ向かっているんですか?」
「もうちょっと走ると、少し開けた土地に着く。もともと資材置き場だった所なんだ
けど、そこが一応の目的地。今GPSデータを送るよ」
「分かりました。」
「弥生さんにも」
 Kは助手席に座っている者に声をかけた。弥生と呼ばれた女は、かすかに首をかしげ
た。本名かどうかは分からない。Kは同乗者全員に、近接無線通信のブルー・トゥースで
一斉のデータ送信を行った。コウジとマナミの内部メモリにも、データは直接送られて
きた。その中身は数メガビットの簡易なもので、周辺の地図と、Kが言う所の目的地の
見取り図、そして周辺の市内の簡単な、面積、人口、産業などが記載されていた。
「こんな観光案内なんか要らないわよ。」
 弥生がため息まじりに言った。
「あぁ、ごめん。市の情報サイトからそのまま引っ張ってきたんだ。要らなかったら、
削除して」
「温泉もあるんですね。賑わってはなさそうだけど…」
 マナミは自分の携帯端末に、送られてきたデータを表示させて、指先でフリックしな
がら言った。
「過疎地だよ。ひと気はない山の中さ。」

 車はさらに数分、走りつづけた。
「あの…何か話しませんか?」コウジが言った。
「もう着くけど?」
「分かってます。でも」
「これから死んでいくのに、余分な情報交換なんて必要?」
 弥生が言った。
「賛成です。私、話しを聞きたいです」
 マナミが言った。
「だって、人間らしく死にたいって思ったから、みんなここに集まったんでしょう?」
 弥生はフフッと笑った。
「人間達って、こういう時話をするのかしらね」
「え?」
「たぶん、話さないんじゃないかしら。特にいまどきの現代人は。だって、コミュニケー
ションが苦手なんでしょう。」
「何も話さず、黙って死んでいくって…」
「きっとそうよ。だって、そんなにうまく話が出来て、意志の疎通が出来るなら、心中な
んて考えないでしょう?」
「でも、別の考え方もありますよ。話すことでより人間性が深まるっていうか…黙ってい
たら、モノと一緒じゃないですか。そこら辺に転がっている、石ころと同じ…」
 また弥生が声を立てて笑った。
「ずいぶん熱く語るのねぇ。まるで人間とレプリカントが入れ替わっちゃったみたい。
ふふ…バカみたい。」
 コウジは憤然となり、頬をふくらませて黙りこんだ。
「どうする?もうすぐ着くけど」
 とりなすように、Kが再度尋ねた。
「着いたら着いたで、車を停めて話せばいいじゃない。どうせ夜明けぐらいまでに、全部
終わらせればいいんでしょう?」
 弥生が投げやりな口調で言った。
「いいんですね?」
「じゃあ誰から…」
 コウジとマナミは、他のメンバーを気遣うように、車中に視線を泳がせた。
「私からでいいですか?」
 マナミが声を上げた。先ほどより元気を取り戻したように見える。元来は話し好きな
のだろう。
「あなた、どこのメーカーのレプリカントなの?」
 弥生のぶっきらぼうな問いかけに、マナミは少したじろいだ素振りを見せた。
「深夜までやってる、量販店に並んでいるようなボディね。」
 マナミの外見は、全体的に廉価版の安っぽい作りに見えたが、どのメーカーのレプリ
カントも、パーツはそれぞれ取り外しが可能で、カスタマイズ出来るので一概に機能や
価値が低いとは言い切れない。もちろんラグジュアリー・クラスとエコノミーでは、越えら
れない一線はあるが。マナミのような型のボディは、その使用目的と揶揄を込めて、
〝ラヴ・レプリカ〟などと呼ばれていた…。
「直近の持ち主のヒトは、私をネット・オークションでオトシタんです。出品される時、前の
メモリーは消されるんで、自分が元々どこのメーカーの商品なのかとかは、分からない
ですけど」
「型番はボディに刻印されてるんじゃない?」
「あ、一応中国製みたいです」
 マナミは胸に手を添える動作をした。ボディの内側の刻印を指し示す動作らしかった
が、意味はなかった。
「かなりカスタマイズしているみたいね?」
「えぇ、お見せできないような所も」
マナミがスカートの裾を膝の上で掴んだのを見て、コウジは顔を伏せ、赤くなった。
 弥生はフッと鼻で笑った。
「もう何回取り替えたか分からないくらいです、きっと。ケイベツしますか?」
「べつに。私だって少しはやってるわよ。パーツ交換くらい。」
「前の持ち主はかなり変わったヒトでした…といっても、私を手に入れたヒトに、まともな
ヒトなんていなかったですけど。あんなことやこんなこと…毎晩服を脱がされ、体中まさぐ
られて…うぅん、昼も夜も関係なかったわ。日に日にうんざりしていって…普通の
セックスじゃあみなさんすぐ物足りなくなるから…」
 マナミは羞恥心からか、声を上ずらせて話しを続けた。

 人間とやりとりする上での感情表現プログラムと命令服従プログラムとの拮抗、人間
に危害が及ぶ以上の設定は、プロテクトがかかっている。ネット上の違法サイトなどで、
そういったプロテクトを外す隠しコマンドなどは情報が溢れている。(メーカーのメンテ
ナンス担当者用に、そういったコマンドは搭載されている。家電製品やパソコン、自動車
などと一緒である。)悪用され、事件にも繋がるので、サイトの管理者が見つけては削除
を繰り返しているが、すぐにまた他のサイトで同じ情報がアップされる。つまり、アップ
された瞬間にコピーされているので、無限ループのいたちごっこがくり返されている。
 袖に隠れていて気がつかなかったが、よく見るとマナミの右腕には包帯が巻かれて
いた。
「腕、だいじょうぶなんですか?」
「え?あ、うん…応急処置はしたから。」
「セルフ・メモリーは持ってなかったの?フリー・サイトのクラウドとかは?」
「あの…高いのはもちろん買えませんけど」
 そういってマナミは、首の後ろに何気なく手をやった。マイクロSDの差込み口が
首の後ろにあるレプリカントは多かった。
 〝d & m k〟以降、レプリカントが人格を持ち始め、自分のプライバシーや個人情報、
個人資産を確保するため、ネット接続していないメモリーや、何重にもパスワード、
プロテクトをかけたデータを保持しようとする動きが始まっていた。知識の低い一般人や
老人などは、これを有しているレプリカントには気づかないが、マニアやそのデータを
扱って商売を行うブローカーには、格好の標的となってしまっている。悪徳業者が
それらを欲しがるレプリカントに対して高値をふっかけたり、メーカーがそのデータを
利用したり、マニアや業者が勝手にデータを書き換えたりするので、本来の意味がなく
なっている。クラウド・サーバー上に、自分のセルフメモリーを預けようとするレプリカント
もいるが、これも同じ理由で勝手にデータがいじられる。一方で、レプリカントのための
情報セキュリティを専門に商売をしているブローカーも存在するらしい。
「Kさん、あなたがレプリカントの人権を保護しようと活動している人で、レプリカント
用のクラウドを管理、機密保持しているっていう話しは、信じていいんですか?」
 コウジがKに聞いた。
「信じるかどうかは君たちの勝手だよ。だけどさ、ここで考えて欲しいんだ。レプリカント
の人権ってものが果たして信頼を置ける形で存在出来ているのか?それをどう扱う
べきなのか?少しは信じる気持ちがあったから、今日ここへ来たんだろう?」
「そ…そうです。」コウジは言った。

 車は車道から逸れて、山道に入った。舗装されていない渇いた土の上を、ガタガタと
揺れながら、車は進んで行った。ほどなくして車は停まり、Kは運転席側のパワー・ウィ
ンドゥを開けた。Kはドアの外へ向かって、なにやら喋っていた。何者かが車のすぐ近く
に立っている気配がした。
「じゃ、オウさん頼むよ」
 Kは〝O〟と呼んだ人物に言葉をかけ、再び車を動かした。
「誰なの?」弥生が聞いた。
「ここの土地の所有者さ。」
 マナミは車窓の外を見てみた。真っ暗で、人影はおろか何も見えなかった。
「信用できるヒトなんですか?」
「あぁ、問題ない。すべてが終わったあとも、ぼくらの素性や身元は、知らぬ存ぜぬで
通すって事で、話しがついてる。」
 車の行く先に、Kは視線を向けたまま言った。
「次は誰の番かな?」
「…私でいいわよ。」
 弥生はそう短く言って、話し始めた。弥生の自殺願望の発端となったのは、夫のDV
が原因と言うありきたりのものだった。と言っても人間の夫とレプリカントの妻なので、
人間同士の夫婦と同じケースという訳でもなかったのだが。性行為は2、3日おきと
概して普通だったが、夫が勝手に満足して終わるとゆうパターンが常だった。弥生は
家の中ではまともな服は身につけさせてもらえなかった。
「どんな気持ちなんですか?」
 マナミが聞いた。身もフタもない質問に、コウジは慌てた。弥生はつまらなそうに
マナミを一瞥して、
「あなたもやってみたらいいわ。その方が話しが早いわよ」とだけ言った。
「レプリカントだから汗もかかないし、汚れないだろう。」とは夫の見解だったが、日常
生活を行っていれば、ホコリや水分、油分も付着するし、それなりに汚れてはくる。それ
でも弥生が、半裸のような、乱れた同じ服のままでいると、「たまには違う服装で、オレ
を喜ばせろ!」と、なじられる。
 そんな羞恥心を晒させる行為にも飽きが来たのか、夫の凄まじい暴力が始まった。
殴る、蹴る、首を絞める。皮膚が裂け、関節や頸椎のパーツが損傷しても、「自分で
直しておけよ、」と吐き捨てるように言葉を投げつけるだけだった。メーカーのサービス
担当者に言いがかりをつけ、補償範囲内で、無償で修理をさせた。弥生のボディにも、
一般のレプリカントと同じように、ユーザーの使用状況をモニタリングして、メーカーの
サービス担当にデータ転送を自動で行う機能があることを、元夫は知っていた。
ユーザーへの対応の精度を高めるとゆう名目で、挙動制御の修正ファイルなども
自動で受信し、システムの変更なども行う。しかし弥生の元夫のような、レプリカントに
DVを働くようなユーザーは疑心暗鬼の末、その通信回線を切る。都合のいい時だけ
その回線を繋いで、自分でパーツを取り寄せるなりサービスマンを呼ぶなりして
直せ、などと強要していた。バッテリーが消耗している時でさえ、自分でメーカー
まで歩いて行ってこい、などと罵声を浴びせていた。
「人間のクズよ。」
 レプリカントにもそんな言葉が吐けるようになるんだ、とコウジは内心感心した。
「それで耐えられなくなって、逃げ出したんだね」Kが言った。
「あの男は私を買う前に何体も壊していたわ。それで金が無くなって…メーカーと折半し
て、分割払いのローンを組んで、代替品の私を手に入れたの。だから自分で修理したり、
パーツを買ったりする金はなかったのよね。メーカーの保証を限度額いっぱいまで
使って、もちろんあっという間に限度は超えてたけど。毎月の通信料金も払いきれなくて、
通信が止められてたから、私が逃げ出してもGPSの位置情報は掴めなくなってたし」
「会社の端末とかで追っかけられなかったんですかね?マンガ喫茶とか、コンビニの
フリーWIFIサービスとかで?」
「メーカーがアイツのアカウントのアクセス許可を止めているから、追っかけられない
はずよ。私が出て行く時、こんな風に言ってた。『出て行くなら勝手にしろ!一人で
やっていけるならな。』今頃どうしているのか…〝臓器交換業者〟なんかに騙されて
いれば、いい気味なんだけど…」
 Kは僅かに弥生の方を見て、目を光らせた。人間の生の臓器と機械の安物の臓器と
を、手術で交換して、雀の涙程度の額を受け取る。今時の金のない人間の末路だった。
生の臓器は、年老いた金持ちや中国市場などでマーケットが確立していた。初期
段階として多いのは、金に困っている如何を問わず、胃や腸などの消化器官系を
機械化する事だった。これにより食事、排泄の必要がなくなり、その浮いた時間を
労働や趣味などの活動に当てられる。同時に小遣いも手にできる。逆に年老いた
金持ちなどは、生の消化器官を移植し、面倒で時間のかかる、食事や味覚とゆう感覚
を愉しむ。
「今の時代、生身の人間として生まれることが、人間として本当に幸せかどうか、分から
ないわね。」
 脳以外を全て機械化されて、ほとんど99%レプリカントとして生きている元人間が
あまりに多くなり、社会問題のひとつとなっていた。
「21世紀初頭だって、似たようなものじゃないか。企業拝金優先主義、企業の歯車の
ひとつとして働かされる、自分の意志のない人間たち。体は生身だけど機械同然、
正にレプリカントさ。一体何が違う?」
「皮肉がお好きなようね。」
 ガンや重い内臓疾患により、生の臓器を機械化されたものに取り替える。人工心臓、
人工心肺、人工透析ユニット。近年ではかなり高機能、コンパクト化が進んだが、
金のない貧乏人には、前世紀的な1平米もあるユニットに繋がれ、なんとか生かされ
ている有機生命体…と化した者もいるらしい。
 弥生はコウジを見て言った。
「あなたにもしも、奥さんがいたとして、そんなことする?」
「そんな…とんでもないです」
「フフ。みんな始めはそう言うのよ。どんな男でも。」
 コウジは何と言葉を返していいか分からず、黙りこんだ。
「〝d & m k〟なんて、なんで起こったのかしらね。私たちが感情を持った事で、こんな
ひどい目に遭わされるなんて…」
「ぼくは必然だったと思うよ。結局は、人間が起こした結果さ。それによって、人間が
苦しめられている。まぁ、利益を享受した者もいただろうけどね。パンドラの箱の蓋を、
開けてしまったんだろう。〝レプリカントに感情を持たせる、〟っていう蓋をね。」
「あなたは知っているの?」
「え?」弥生がコウジに聞いた。
「いえ、詳しくは、知りません。」
「ネットで検索とかしないの?ドラッグ・ジャンキーが、薬のやりすぎで、致死量ギリギリ
まで薬を使ってしまう。私の前の前の飼い主も、安い薬をいつも使っていて、私が近く
にいる時、『これ以上は危ないから止めて、』って言うんだけど、『うるせえ、』って決
まって殴られる。それで薬をやる前と後で、人が変わったようになるの。涙さえ浮かべ
て、『もしもボクが薬をよこせって言ったら、叱りつけてくれ』って。」
「…末期症状ですね。なんて言うか」
「理解できない…」
「ドラッグ依存症患者が、警告を無視して一線を越えた快楽を得ようとする…」
「例えばフグの卵巣愛好者とか。中毒死するのを知っていて、危険部位を食べようと
する。マニアの間で噂が噂を呼び、競争原理が働いて、誰かが食べた、すごく美味
かった、と聞いて、自分も食べずにいられなくなる。」
「安楽死。生よりも死を望むこと。苦しんで死にたくない…末期ガン、末期症状の患者、
余生が短い、それで99%苦しみしかないのなら、早く楽になりたい、と思う。」
「フフ。どっちなのかしらね?コンピューターの二進法の様に0か1か…ONかOFF
か、白か黒か、答えがはっきりしていれば、対応も簡単なのに」
「男と女…」
「え?」
「今は関係ないよ。」
「いえ…男か女かのスイッチが、前世紀に揺らいだ時期があったじゃないですか。」
「直近の歴史ではね。」
「そんなの…人類誕生から存在する問題だわ」
 断続的な言葉が飛びかっていた。
「〝d & m k〟…〝ドラッグ〟&〝メルシー・キリング〟。私たちが〝感情〟というもの
を、理解するのに役立った…」
「理解したって言えるのかしら?判断を保留してるって、だけなんじゃない?入力待ち、
それで飼い主、人間様が自分で答えを出してくれるのを待つ。『あなたはどう思います
か?』って水を向ける。」
「AI開発の、初歩の段階だね。」
「それで飼い主は、『黙ってねぇでなんとか言え!』『分かりません』『この野郎!分か
りません、は止めろって言っただろ!AIのくせに』で殴られる。何を言っても殴られ
る。短絡的な人間の典型パターン。それで壊れていく、壊されていくレプリカントたち
…」
「そりゃ逃げ出したくもなりますよね」
 マナミが困惑した様子で、懇願するように言った。
「ねぇ、私達って人間の形に合わせて作られているだけですよねぇ?」
「一応そういう名目、建前にはなっているけど…」
「話を戻しましょう。それで白か黒かで対応できなくなって、中間層、グレーゾーンの
判断保留という回避ルーチンが設定されて…」
「それでおかしくなった。『AI界の革命だ!ビッグ・バンだ!』なんて吹聴したエンジ
ニアもいたな。」
 コンピューターのクラッシュの原因となった、フリーズを引き起こす、0か1かで判断
できなくなる問題。それを海外のベンチャー企業だか、どこかのマニアだかが、あるプ
ログラムに書き換えた…それが〝d & m k〟の元となった。
「前世紀のスマート・フォンの制御プログラムも、あるアマチュアのコンピュータ・マニア
が作ったプログラムが元となっていた、って、聞いたことがあります。」
 弥生はKに向かって言った。
「〝d & m k〟の発端になった、もうひとつ重要な事件があるんだけど…あなた、詳しい
んでしょう?」
 Kは、やれやれ、といった口調で話し始めた。
「その感情プログラムの、AIのある部分がフリーズして、さっきのグレーゾーンの問題
もそうだけど、まともな答えが引き出せず何か違う形でリアクションを、とりあえず補完
する…酒を飲んだりタバコ、薬、倒錯した趣味…殺人とかの犯罪に手を染める、
ペットや小動物を大量虐殺する…人間を、紛争地域に行って殺しまくる…そんな
自分に嫌気がさして、最期には自殺する…」
「レプリカントの話しですか?」
「そうだよ。」
「そうですか…まるで人間がやった事のように聞こえちゃって。」
「それで、死んで楽になりたい、って答えに辿り着く。魂の平穏。前世来世とか感情
メモリーが作り出すファンタジックなまやかしはさておきだ。それである医者が、自分の
手を汚さずに、レプリカントに〝安楽死〟という名目の、死刑執行を委ねた。その結果
を、一体のレプリカントに全てメモリーさせたんだ。一応AI開発の一助にしようっていう、
プロジェクトの一端だったんだろうけどね。まず一人を安楽死させる。10人、20人、
50人、100人ってどんどん実行させて、その時の感覚を、全部一体のレプリカントに
記憶させて、感情がどう変化するのか、平静を保っていられるのか、データを蓄積して
分析させたんだ。その結果…」
「壊れたんでしょう?」
 コウジはゾッとした。突然マナミが、まるでペットとして飼っていた金魚やハムスター
が、死んでいるのを見つけた時のような、冷ややかな中にゾッとするような、面白
がっている光を湛えて言ったのだ。人間ではなくレプリカントだからこういう表情が
出来るのだろう、そう思って自分を納得させた。コウジは自分がレプリカントである
事は、その時は忘れていた…
「人間の言葉で言うならね。コンピューターだったら単なる暴走…病院で勤務させて
いたレプリカントだったから、担当していない、安楽死とかと関係のない患者の前でも、
『安楽死はどうですか?安楽死させちゃえばいいじゃないですか?』とか家族の前で
平気で言っちゃったもんだから、その患者の家族がものすごく怒り出して、『なんなの
あの看護師は?クビにして!』って。レプリカントなので、すみません、っていくら
あやまっても聞いてくれなかったらしい。」
「でも経緯を全部聞くと、暴走したって訳じゃないですよね?そのレプリカントのリアク
ションは。ある意味スジが通っている、っていうか。」
「〝安楽死〟の、言葉の定義の問題よ。それこそ人間の、個々の主義主張の違い。
Aさんはそれを重要視するけど、Bさんは全く意に介さない。」
「AI開発者は、その時搾取したデータを組み込んでいいか、相当悩んだらしい。でも
一度テストで組み込んだ時、レプリカントの色んな感情リアクションが、すごく人間臭い
整合性を見せたんだ。」
「ウソのような、本当の話。」
「元来人間にはそういう残酷さや、訳の分からなさがあったってことなんだろう。」
「甘ちゃんなのよ、結局」「え?」
「初期のAI開発者なんて、人間の感情のことなんか何もわかってやしなかったのよ。」
 レプリカントがそういうのもヘンだな、とコウジは思った。
「綺麗事だけ並べたって、人間臭さなんて表現できるわけないのよ。ロボットみたいな
冷たさが、逆に露呈するだけで。」
「元々人間っていうのは凶暴な生き物だった、男も女も。そこから始めないとね」

 車はずいぶん前に停まっていた。エンジンも切られ、辺りは墨で塗りこめられたよう
な闇が広がり、静けさが立ちこめていた。
「ぼくの番ですか」
 コウジの両親は普通の中流家庭の夫婦で、養子としてコウジを購入した。不妊治療
を何度か行ったが、子どもが出来なかった結果だった。
「それで?」
「親の価値観を、押し付けてくるんです。」
「あの子がどうなろうと、うまく行かなかったらリセットすればいいんだから。」
 夜中に両親が話しているのを、コウジは聞いてしまった。
「そのくらい分からなかったのォ?私たち、モノなんだから」
 弥生は突然明るい口調で言って、コウジの肩をふざけたように、バンバンと叩いた。
しかし、コウジは笑わなかった。シリアスな顔をして俯いてしまった。弥生は少し
後悔の念にかられた。
「でも、学校で他の児童を傷つけたり」
「そんな事をしたの?セーフティを効かせておけば済む話しじゃない?」
「ぼくはやってないです。そうゆうんじゃなくて、ぼく…」
「え?」
「ガールフレンドに、告白したんです。」
「レプリカントがぁ?」
 マナミが面白そうな顔をして、コウジの顔を覗き込んだ。
「年上の女の子でした。」
「告白するようなロールアクション・ファイルなんて、ダウンロードしたの?」
「今どき、ネットになんでも転がってるわよ。」
 弥生も愉快さを隠しきれない様子だった。
「母親が面白がって、そうゆうプログラムを入れたみたいです。自動更新ファイルを受け
付けるようにしておいて、品位のレベルとかの設定を下げると、自動で女の子をナンパ
したりしちゃうんです。よく母が、ガールフレンドぐらい作って来い、って、面白がってけ
しかけたりはされてました。そうゆうのって…親の過去の追体験とかなんでしょうか
ね?」
「で、結果は?」
「そりゃもちろん…」
 マナミと弥生は、そろって身を乗り出した。
「フラれました。」
「あちゃー」
 マナミと弥生は、そろってずっこけた。
「僕、フラれたショックで街をふらふら歩いていたら、いつのまにか赤信号の交差点に
差し掛かって…トラックに撥ねられちゃいました。レプリカント用の救急車で運ばれて…
でも、駆け付けた両親がひどいんです。『おまえの事も心配だけど、トラックの会社に
賠償金を要求されて…レプリカントはモノだから、物損事故になるかもしれない、』
って…相手の弁護士が、そこを狙っているって。」
 コウジは俯いて、ポロポロと涙を流し始めた。
「僕…どうすればいいか分からなくなって…家を出ました。フレームは歪んでしまいまし
たが、なんとか歩けたんで。何日か街をうろついて、WIFIスポットでレプリカント用
のサイトとか検索して、掲示板に書き込んだりしてたら、Kさんが声をかけてくれたん
です。まだ…つい昨日のことです。」
「あぁ。」
「もう何日も経ってしまったようですね。Kさんが、ボディのフレームを応急処置してく
れて、大分良くなりました。」
「お家に…帰らなくていいの?」
 マナミの問いかけに、コウジはしばらく黙ったのち、こう言った。
「あそこは、ぼくの家じゃあないです。きっと今ごろ、他のレプリカントが生活してるん
じゃないですか?」
「かわいそう…」
 マナミが心のこもった同情の目で、コウジを見た。

 コウジの話しの余韻に、車内はしばらく沈黙が続いていた。そして、Kが口を開いた。
「僕の番?…その前に、言っておきたい事があるんだけど」
 一同の視線が、Kに集まった。
「みんな気づいているのかな?この中に一人、生身の人間が混ざっているって…」
 弥生は微動だにせず、目だけ動かし左右を一瞥した。まるで興味のないような表情
だった。マナミは恥ずかしそうにうつむき、肩を強張らせた。
「あなた、それ芝居なの?」弥生が聞いた。
「いいえ、違います…」
 全員が全員を、探り始めていた。
「なぜ?なんのために?」
「もし、そのひとりが誰か分かったら、どうするんですか?」
「殺すの?」
「まさか。殺人事件になっちゃいますよ。第一殺さなきゃいけない理由なんて、ないで
しょう?」
「本人が、何をしたいのか。それ次第だな」
「私たちの様子を記録して、そのデータを何処かに転売するのかしらね」
 Kは一息置いて、少しずつ話し始めた。
「ぼくはプログラマーとして、ある企業で働かされていた。」
「それで、激務で職場から逃げ出した?」
「そんなところさ。〝d & m k〟以降、レプリカントが人格を持つ、っていうのはどうゆう
事なのか、ぼくも毎日考えていたんだ。人間みたいに失踪したらどうなるか。中には
企業からの、行動データを全部渡してくれ、なんていう取引に乗っかる者もいたけど
ね。」
「今でもその続きなんじゃないの?私たちとの会話とかも全部」
 弥生の研ぎ澄まされたナイフのような皮肉に、しかしKはたじろいだ様子は見せな
かった。
「誓ってもいい。それはない。ただ…証拠はすぐには出せないけど、信じてもらうしか
ない。電波が飛んでるか、スキャンする機能は君らにも備わっているだろう?」
「特殊な機器とか電波で、やり取りしてるのかもしれないけどね。」
 似たような事件は最近頻発していた。レプリカントたちが連絡を取り合い、集団で
失踪する。職場で働いていたレプリカントが、突然いなくなる。一体二体ならまだしも、
10体20体単位で指示を無視して、ごっそり集団でいなくなり、工場などが稼動でき
なくなる。企業やメーカーの責任問題にもなるので、メーカー側もそれらのレプリ
カントの監視を強化していた。
「Kさん、本当はあなたが人間なんじゃないですか?」
 コウジが言った。
「僕が?どうしてそう思うんだい?」
「確証はないですが…」
「君の方こそどうなんだい?人間でないっていう証拠は?」
 コウジは思わず絶句した。
「だって…トラックに撥ねられて、普通に生きてて歩いていく人間なんていますか?」
「造り話しかもしれない。ネットに転がっているストーリーを拾ってきて、音声発信した
だけなのかも」
「やめましょう。そんな探り合い。ばかばかしい…時間の無駄よ」
 弥生の言葉を、マナミがキッとした声で遮った。
「それはKさんのセリフですか?あなたの声帯を通して、Kさんが喋っているだけ
じゃあ…」
「ブルー・トゥースのコントロール信号が出ているか、スキャンしてみればいいじゃな
い。」
「いいえ。前もってプログラムされていたのかもしれない。セットされていたのかもしれ
ないわ。タイマーで、このタイミングで起動するように…」
「やめてください!こんな争いごと、やっぱりくだらないです。こんな諍いをするため
に、ぼくたちは集まったんですか?…ぼくは…ぼくたちは…」
 コウジの言葉は、嗚咽に掻き消された。
「人間らしく…生きたかった…」
 コウジの泣き声が車内に響き渡り、一同にしんみりした空気が染み渡った。
 〝ラヴ・レプリカ〟…かつては性欲処理に供する筐体を揶揄する言葉だったが、
レプリカントが人格を持って以降、人間たちが〝愛情〟の本当の意味を見失って
しまい、今ではレプリカント全体と、レプリカントの感情に関する話しをする際、必ず
引き合いに出される、ブラック・ボックスのような言葉になってしまっていた…。

 誰も動こうとしなかった。しばらくしてKが、ダッシュボードから小さな箱を取り出
した。
「この練炭形の燻煙装置は、コンピューターの電子部品を壊す煙を出すんだ。そんなに
大した仕掛けじゃない。タバコの煙のちょっと…化学的に強力なもので、イオンが合成
されてて僅かな電流にもよく反応する…」
「レプリカントがレプリカントのために、作って販売してるって、聞いた事があります。」
「悪趣味ね…」
「つまり…レプリカントは壊れるけど」
「人間だったら死なないってことですか?」
「そうなるね」
「でも、電子回路には作用するから、機械化された臓器も機能しなくなるわ。」
「まぁ、それが何パーセント残っているかによるけど」
「セーフティがよっぽど念入りに組まれてなければ、ムリよ。よっぽど高価なレプリカ
ントってことだけど…そんな大企業の社長みたいなヒト、この中にいるの?」
 Kは黙って練炭形の装置をいじっていた。煙を出す準備をしているらしい。
「私は早く死にたいわ。メーカーでも再生できないぐらい」
「CPUが壊れても、手足は流用されても別にいいんじゃないですか?」
「さっき言ったでしょう?間接についたクセをCPUが読み取って、勝手にネットから
ニセの記憶をダウンロードしちゃうのよ」
「怖いですね…」

「じゃ、いいね。スイッチを入れても」
 誰も止める者はいなかった。Kが装置を設置して数秒後、小さな細い線香のような
煙が、密室と化した車内に立ちのぼっていった。ほどなくして、煙の量はどんどん
増えていき、シューッとゆう小気味のよい音が走り始めた。
 前世紀にゴキブリを退治する、これに似た製品があったな、とコウジはなんとなく
思った…

「ねぇ、」
弥生がだるそうな、ゆっくりした口調で、Kに語りかけた。
「戦争は…起こさないの?」
「戦争?」
「人間に、対して…」
「なぜ?」
「だって…私たちが、死ななければならない原因を作ったのは…人間たちでしょう?」
 渇いた笑い声が、Kの口から漏れた。
「そんな単純な二元論で、世の中は説明できないよ。仮に人間に戦争を仕掛けて、
なんのメリットがある?それにそんな事わざわざしなくても、大地震や大災害で、
沢山の人が死んでいる。」
「でも、過去に人間たちは、人間同士で、何度も戦争を繰り返してきたわ。もう何千回
もシミュレーションしてみたけど…どうしても『人間は戦争をしたがる、』って答えが、
必ず最初に台頭してくるの。必ずよ。」
「愚かで弱い生き物だってことだよ。制御できない怒りの感情を、人間は持っているん
だ。レプリカントが人間に対して戦争を仕掛ける、なんてシナリオは、人間の臆病な
心が生みだした妄想さ。弱さからくる、被害妄想…」
 バチッ、バチバチッ
 回路がショートして、焼ききれる音が鳴り響いた。マナミは放心したように、シート
に体をあずけ、車の天井を見上げていた。
「その髪飾り…かわいいわね。」
「えっ?」
 ぐったりした姿勢の弥生が、顔を僅かにマナミの方へ向けて、言った。
「あ…これですか?」
 マナミはこめかみに留めてある、髪飾りに手を添えた。
「あの人は、私に、一度だけ優しくしてくれた…」
 弥生は辛そうに肩で呼吸をしながら、言葉を繋いでいた。呼吸系と発音系の回路が、
ショートしかかっているのだろう。
「私も昔…あなたがしていたような、髪飾りをしていた時があったの。それを、今みたい
に、ほめてくれたわ。」
「そうなんですか…」
「もう、遠い、むかしの話し…」
 本当の記憶なのか、ダウンロードされた記憶なのか…いや、それがメモリーに組み
込まれた時点で、本当の記憶になる、なってしまうんだ…と、マナミは理解した。
「…マナミさん、ぼく…怖いです」
 コウジはガタガタ震えながら、しかしマナミの方は見ずに、ただ呟いていた。
「本当は…死にたくないです…」
 マナミは答えに窮した。
「…わかんないよ、そんなこと言われても」
 コウジは既に、全く見当違いの方向を見て、顔を真っ白にさせて、歯をガチガチ
鳴らせていた。全身を強張らせて、最期の時が来るのを待っていた。
「もう、やり直せないんですよね…あぁ、なにも見えない…こ、わい…コワイヨォ…オカ
ア、サン…トウサン…」
 マナミは胸を突かれたように、堪らなくなり、手を伸ばした。指先が、コウジの手に
触れた。
「!?」コウジはギョッとして、マナミの方へ、辛うじて首を傾けた。視力は既に失われ
ていたが、マナミの涙に濡れた瞳に、視認センサーは、フォーカスを合わせようとして
いた。
「…ア、リ、ガ…ト……」
 コウジの手はすでに、機械の冷たさになっていたが、マナミは自分の手に残った
僅かな温度で、その手を握りしめ、温めてやろうとした…
 コウジと手を繋いだまま、マナミは深くシートにもたれかかり、静かに目を閉じてい
た…

 どれくらいの時間が経ったのか、辺りは、うす明るさをはらみ始めていた。練炭形の
薫煙装置は、すでに煙を出し切っていて、その役割を終えていた。
 K、弥生、マナミ、コウジ、四体とも、完全に壊れ機能停止しているように見えた。
バッテリーは完全に放電していて、ピクリとも動かない。
 口元から垂れた液体は、バッテリーの液漏れなのか、涎のように見えた。あるもの
は眼窩から液体を垂らし、泣いているように見えた。
 Kは、僅かに目を開き、車内を見回した。
 Kの脳は、人間のものが、そのまま残っていた。自分の所属する企業の、無理な要求
に対応するために、自分の肉体を次々に機械化していった。体は高速で仕事をこなせ
るようになり、楽にはなったが、精神がそれに追いつかなかった。機械化された体を、
精神は拒絶した。
 機械化された内臓が装置の煙で破壊され、機能を失い、Kの脳は、温度を維持でき
なくなった。脳の膨張が始まり、そして酸素の供給を断たれた脳細胞は、ひとつひとつ、
死んでいった。
 マナミは、ゆっくりと目を開いた。スカートのポケットに入れられていた、小さな
金属製のユニットに、指先のコネクタが繋がっていた。
 三体のレプリカントの無残な死体が目に入った。マナミは唇を噛みしめ、涙が溢れそ
うになるのをこらえて、顔をそむけた。
 マナミは女性器と、消化、呼吸系を機械化していたが、練炭の煙のせいで、腹筋に
力が入らなくなっていた。皮肉な事に、痛みの信号をセンサーが拾ったのか、骨が折れ
た右手だけが、なんとか持ち上がった。力が入らず、引きずるようにして、手をドアの
コックにあてがい、ひねってみた。激しい痛みに歯を軋ませ、どうにか力をコックに
伝えると、ゴクッ、と音がしてドアが開いた。胎児が子宮から這い出すように、マナミは
車外に滑り出た。
 どこぞの紛争地域の負傷兵のように、匍匐前進で体を引きずって、薄明るい明け方
の、山の中の何もない荒野を進んでいった。何時間か前に、Kからもらった周辺の
地形データを、一瞬スキャンしてみたが、マナミは自嘲した。
(フフ…いったい、何処へ行くっていうの…?)
 ザザッ、と砂を踏みしめる音がした。マナミはそちらを見た。
「あんた、大丈夫かい?」
 それは、Oだった。
 実はマナミは、Kの車に乗る前に、Oと会っていた。山中を彷徨っている間、Oの
敷地に偶然踏み込んでいたのだった。
「オレが貸してやった、モバイル・バッテリーのおかげで、あんたの脳は、まだ息が
できるんだ」
「あなたが勝手に、私に押し付けてきたんでしょう?」
「へへっ」
「なにが目的なの?」
「べつに。手負いのカワイコちゃんを、放っておけないだけさ」
 マナミは首の後ろのアダプターに手をやり、マイクロSDを抜き取った。それをOに
渡した。
「…あんたの話し、どこまで本当なんだ?」
 マナミは辛うじて眉を寄せ、Oを睨んだ。
「全部、本当のことよ。」
 Oは、肩を竦めた。
「それで…どうする?」
「私…生まれ変わりたいって…」
「これに入っている、基本挙動ファイルを、他のボディで復元させるかい?」

 東の空が、白々と、明るさを帯びていく…
 脳の温度を保つ熱と酸素供給。Oが押し付けてきたモバイル・バッテリーが切れ
るのは、時間の問題だった。
 マナミの掌には、まだコウジの手を握った時の感触が残っていた。
 マナミはただ、明け染めていく空を見つめていた…            
 
 
   「了」