"私"の不運
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”A”とやりとりし始めて、数ヶ月。

いつもと同じテレビ番組の内容や宿題の話、同じ部活動だったため、

その内容とかたくさんのくだらないことを話していたと思う。

 

 

はじまりは12/25

その日もいつもとかわらないくだらない内容の話だったと思う

 

朝からずっとメールしていて、そのときも夕ご飯を食べ終わって、

テレビをだらだら見ながらやりとりしていた。

当時の”私”の中では、”A”は大人しいイメージで、

今でいう、雰囲気イケメン的な感じだったと思う。

 

覚えていないけど、クリスマスだったし、好きな人がいるかとか、

当時まだ主流にはなっていなかった、携帯についているカメラ機能の話とかになっていた。

そこからどういう流れか下ネタになっていった。

中学生なんて思春期まっただ中だから、さして気にしていなかった。

女子の誰が胸が大きいとかいう話を振られても、”私”自身、下ネタに興味なく、

そういう話をされても普通に困るだけだった。

それで、”A”が自分の局部を写真とって送ろうかとか言い出した。

”私”は、”A”がそんなキャラじゃないと思っていた。

中学にあがるまで、一人称が【僕】で、

男友達は【○○くん】て呼んでいたし、教室でも物静かだったから。

だから、

『そーゆーキャラじゃないでしょ?』とか『送れるもんなら、送ってみ。』とか

挑発してしまった。

 

そのとき使っていた”私”の携帯は、

メールを開くと勝手に添付ファイルが開かれるやつだった。

そのため、メールを開けば画像が出てきた。

”A”からメールが来たときに添付ファイルがついていた。

でも、まさかという気持ちがまだあった。

お母さんに呼ばれ、お母さんと話をしながらメールを開いて、

ぱっとみると、送ってくるわけがないと思っていたものがうつっていた。

返信するないようが思い浮かばず、とりあえずお風呂に入ってすっきりしようとした。

 

お風呂から上がると、着信3件とメール5通ほど。

すべて、”A”からだった。

 

”私”は妹と同じ部屋で、両親ともに夜更かし人間だったため、

自室のベランダで折り返し電話した。

その日から、”A”の局部の写真や自慰行為の電話実況がはじまった。

 

今思えば、着信拒否とかすれば良かったんだと思うけど、

当時の”私”はとにかく、『どうして』とか『なんで』とかだけだった。

休み明けには普通にクラスメイトとして、

夜になれば3日に一回くらいでメールや電話が来ていた。

 

中学二年生になると、”私”のなかで<男子>の存在が変わっていった。

今までは、話の輪に3:4くらいで男子が普通にいたけど、

この頃から、話の輪の中に男子が一人でもいると嫌悪感がひどかった。

夏手前くらいに毎年二年生は林間学校のような課外活動があり、

一泊二日の山ごもりイベントがあった。

一ヶ月前くらいから体育の授業でキャンプファイヤーのフォークダンスの練習が始まった。

最初の頃は普通にダンスしていた。でも、終わって手を見ると、

かゆくもないのに手のひらが真っ赤になっていた。

回数を重ねていくうちにただただ嫌悪感だけがたまっていった。

普段の教室で、前の席の人からプリントが回ってくるときも、

前の人が男子だったらプリントの端っこを持って回したり、

ダンス練習も使っているCDが同じ物で、同じ人からスタートするため、

同じ人で終わっていった事から、話をつけて、手をくっつけずに浮かせて踊っていた。

 

でも、当日は練習と違い、

先生たちが加わったために誰で終わるのか分からず、気が気でなかった。

”私”の不安は予想外の的中をした。

右手には後輩やクラスメイト、ほかの中学からもかっこいいと言われている幼なじみ。

左手には渦中の人物で、このときまぁまぁモテ始めていた”A”。

あとから聞くと、

一部の女子からうらやましく、ねたましく思われていたポジションらしかった。

この課外活動でも、学校には内緒で携帯を持ってきていた。

”私”以外にもクラスのほとんどがそうだった。

案の定”A”からメールが来たが、それとなく返事をし、かわしていた。