前回「第1回日本城検定」について書きましたが、その帰り、板橋駅東口の前に有名人のお墓がお墓



駅前のロータリーを抜け横断歩道を渡ると見えてきます。

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新選組局長、近藤勇です!!



検定が終わったあとなのか、何人か見ている人もいました。



近藤勇は鳥羽伏見の戦いで敗れたあと、江戸に戻り甲陽鎮撫隊を再編し甲府に出陣(甲州勝沼の戦い)しましたが新政府軍に敗北。

この時、意見の違いから永倉新八、原田左之助と袂を分かち、近藤勇は旧幕府歩兵を募集し下総国流山(千葉県流山市)で屯集しましたが新政府軍に包囲され、出頭することになります。



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近藤勇達は政府軍の総督府がある板橋宿に連行され、人違いだと主張しましたが、皮肉なことに新政府軍の中に元新選組隊士で御陵衛士であった加納鷲雄に近藤勇だと見破られ捕縛後に板橋刑場で斬首されました。(享年35)

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(左が永倉新八供養墓、右が近藤勇、新選組供養墓)



首は京都の三条河原で晒されましたが、この後の首の行方はわからないそうです。



胴体は板橋刑場から近いこの写真の場所に埋められ後に親族が掘り起こし菩提寺に葬ったとされています。


このお墓を建てたのは戦術方針の違いで別れた永倉新八が近藤勇処刑8年後の明治9(1876)年に建立されました。永倉新八の墓には彼の遺髪が埋まっているそうです。



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(近藤勇の墓石)



石柱の墓の側面には新選組隊士110名の名前が刻まれています。

もちろん土方歳三の名前も。



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(近藤勇埋葬当初の墓石)



以前書いた近藤勇の首塚と言われている福島県のお寺です。
http://ameblo.jp/0207177/entry-10945844113.html



板橋駅のホント目の前にあるので近くまでお越しの際はどうぞ。



それではここrへんで...ドロン忍者