それはあった。それは二度とないだろう。
最近になって私は読書をするようになった。
と言うより、出来るようになった。
読書感想文という夏休みの宿題が大嫌いだった。
嫌で嫌で涙したこともあった。
そもそも本を読むのが嫌いな子供だった。
ましてその感想を書くこと。
その行為に何の意味があるのかと。
そんな私が本を読むようになった経緯に、大した理由はない。
ただなんとなく、趣味を増やすようなもので。
先ほど、数日前から徐々に読み進めていた、ポールオースター著の「孤独の発明」という作品を読み終えた。
この作品に出会ったきっかけは、日本のtoeというポストロックバンドによる同名の楽曲から。
私はまずその楽曲と同じ名前の著書があることに驚いた。
そしていつか読んでみようと思い、現在に至ったわけである。
本から得る言葉には、時折心に深く刻みつけらるような重みがある。
「それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。」
前半は著者の亡くなった父についての話。
後半は著者の記憶についての話。
と、まとめるには少しいい加減すぎるかもしれない。
前半の「見えない人間の肖像」は、亡くなった父の部屋や遺品、父との思い出、そこにいながら存在していなかったという生前の父について書かれている。
ここまでは読めるし、理解することもできた。
後半の「記憶の書」は、引用が多く、様々な文が散乱している。
一度読んだだけでは理解できない部分が多かった。
しかしながら著者の過去の経験による偶然の一致については興味深かった。
あまり内容には関係のない文ではあるが、もう1つ非常に心に残った言葉があった。
「世界は残虐であるがゆえに。それがいかなる未来の希望を与えてくれぬように思えるがゆえに、A(著者)は息子を見て、悟る、絶望に屈してはならないと。」
著者の、息子に対する力強い思いを感じ取った。
私は何故か涙した。
父親という存在の理想像を見た気がした。
この作品を読んでる途中に、私は遺品が語る事実について考えさせられた。
私自身が、亡くなった祖父の部屋で見つけた、ある1枚の写真のことを思い出した。
父と一緒に写った、見ず知らずの女性と、見ず知らずの2人の子供の写真。
私はこれらの事実について直接父から、何か聞いたこともないし、これから聞こうとも思わない。
過去に何があったのか、私は知らないし、知るべきではないのかもしれない。
それで良いと思う。
孤独の中に留めておけば良いと思う。
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