「桜餅」に似た良い香り

フジバカマは、キク科ヒヨドリバナ属の多年草です。本州の関東地方以西の日本全土と中国、朝鮮半島に自生します。日本には奈良時代に中国から薬草・香料として渡来し、広がったと考えられています。


草丈は1~1.5m。8~9月ごろ、茎の先端に小さな藤色の筒状花の集まりをつけます。花の大きさはわずか5mmほど。熟すと口を開き、ピンクの雄しべが顔を出します。

フジバカマは姿形も上品ですが、匂いが良いことで知られます。



葉や茎を揉むと、桜餅のような、かなり強い芳香がします。古代中国では、フジバカマのことを「蘭(らん)」と呼び、乾燥させて刻み、匂い袋に入れたり、入浴剤として使ったりしました。

フジバカマを指す「蘭」は、令和の新元号の典拠になった『万葉集』巻5の「梅花の宴」序文にも登場します。


時に初春の令月にして、気淑(よ)く、
風和(やすら)ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、
蘭は珮後(はいご)の香を薫(くゆ)らす

「蘭の珮後(はいご)」とは、腰に巻いたフジバカマの匂い袋のこと。序文の書き手は、宴を主宰した万葉歌人の大伴旅人(おおともの・たびと)と考えられています。



やどりせし 人のかたみか 藤袴 
わすられがたき 香ににほひつつ  
紀貫之(きの・つらゆき)/古今和歌集

奈良時代の万葉集では、フジバカマという名前が登場するのは、秋の七草を列挙した山上憶良(やまのうえの・おくら)の1首だけ。まだ、日本に渡来したばかりで、なじみが薄かったのかもしれません。


しかし平安時代になると、フジバカマは一躍人気の花に。『古今和歌集』でも多く詠まれ、『源氏物語』では第30帖の巻名にもなります。上掲の紀貫之の和歌のように、「藤色の袴」「脱ぎ捨てる」「移り香・残り香」という3つの要素が緊密に結び付けられ、妖艶なイメージを醸しだすことになります。
歌意は「私の家に泊まった人の形見なのでしょうか。脱ぎ捨てられた藤袴が、忘れられない香りを放っています」。



『源氏物語』「藤袴」の帖の登場人物は、光源氏の昔の恋人である亡き夕顔の娘、玉鬘(たまかづら)。巻名は、夕霧が玉鬘に藤袴を差し出し詠んだ歌にちなみます。


同じ野の 露にやつるる 藤袴 
あはれはかけよ かごとばかり

フジバカマと渡りをする青い蝶

アサギマダラという海を渡る美しい蝶をご存じですか?
両翅を広げると10㎝にもなるタテハチョウ科の大型のチョウで、春から夏に台湾・南西諸島から北にやって来ます。そして、北で世代交代して秋には南へと渡りを繰り返します。
浅葱(あさぎ)とは薄い青緑色のこと。翅の黒い隈取に囲まれた部分が透明な空色なので、こう呼ばれます。



この渡りには、フジバカマなどヒヨドリバナ属の植物が、蜜の補給や休憩で重要な役割を果たします。またヒヨドリバナ属の蜜は、アサギマダラのオスがフェロモンを作るのにも必要です。


渡りの習性が判明したのは1980年ごろ。以来、愛好家たちは蝶の飛来を楽しみにしてフジバカマの栽培に取り組み、ネットワークで情報交換をしながら、渡りの実態の解明に取り組んでいます。



フジバカマの花言葉は
「あの日を思い出す」「ためらい」「遅れ」。
奥ゆかしい香りや、小花がためらうように少しずつ咲いていく様子からの連想でしょう。いずれも王朝時代のみやびなイメージに彩られています。




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本日、閃きがまいりまして。