今ここで、無限に広がり続ける「意識の海」
わたしがその一部であることを知るとき、
もはやそこに
「わたし」の姿はないことを知る。

説明のつかない、ただ「在る」という感覚だけが
鮮明に伝わってくる。

そして、
なぜそこにいるのか?と問う者もいなければ、
わたしは誰なのか?という疑問すら沸き起こらない
ただ「信頼」だけが、ただ「在る」という真実、
証だけがそこにある。

そのことが何を意味するかなど、どうでもいい。

人は、その意味を問う間に、
大切な瞬間をどれほど逃しているのか、
ということにすら気づかずにいる。

目の前にある扉の前で、何年も何年も、
その扉を「ただ開ける」ことができないでいる。

なぜ、扉があるのか?
そしてどうやって開ければいいのか?
開けるとその先には何があるのか?

まだ、その時期ではないと、
「ただ開ける」ことが
こんなにも複雑になっていることに気づかない。

そうして、自らのエネルギーが流れ出すのを
妨げていることにすら気づかない。

感じるままに、つき動かされるままに、
そして
「今」を信じて、さあ扉の向こうへ!




3/22はGate#66「客観的に見つめる日」。

自分のことを客観的に見つめる時。

その視点は目醒めた意識に到達する。

その対象は
自分だけに向けられるのではなく、万物に対しても、
目醒めた視点を獲得することができるだろう。

(数字のメソッド/辻麻里子)




裁かない、そして慈しむ心を育てる
言葉にすると、
とても簡単なことのように思えてきます。

その通り、
本当は簡単なことなのかもしれません。

難しくしているのは、私たちが
そう思い込んでいるだけなのかもしれません。

普段何気なく口にする言葉、
いつもなんとなく思い浮かぶ考え、
そして
いつも何気なくする行動、
今ここでそれらに再び注意を払う、
そんな時がきているようです。

絶対無理、無理!
でも、本当に無理なのでしょうか。

ありえない、ありえない!
でも、
本当にありえないことなのでしょうか。

こうして見てみると
自分がどんな爆弾発言をしているのかに
驚くはずです。

それはまるで
自らが限界を決めてしまうような、
自らが好んで狭い箱の中に入るような
そんな状態のように見えます。

今ここで、向いている矢印の先を、
方向転換するような
そんな出来事がやってきています。

気持ちとは裏腹に、
自然に足が向かうようなそんな状況、
チャンス到来です。

あれこれ決めごとを作らずに
「とりあえず」やってみることで
可能性が広がりそうな予感です。

なるほど、こんなこともあるのか、と
ワクワクした感じに胸が躍りだしそうです。

できる、できる!
そうです、
あなたの可能性は無限大なのです!

自らを裁かずに、慈しむ瞬間、
それは高次なる愛が、
いつもあなたとともにあることに気づける
素晴らしい瞬間!