こんにちは。
大阪 富田林より 久美子です
寒い日が続きますね〜


時折 父の事をふと思い出しながら、日々を淡々と過ごしております。
そこで気がついたこと。
父は、そして 梶谷家は、とんでもなく愛情深いのではないかという仮説が 私の中に生まれました。
父の両親も、お兄さんも、早くに亡くなりました。
人が亡くなる…それはとても悲しく、時に前に進む力を奪うこともあるでしょう(ノω・、)
ですが、相手が亡くなったからこそ、届く声もあるのです。
命がひとつ亡くなったからこそ、動く気持ちもあるのです。
わかりやすい例でいうと、
とても残念なことですが、誰かが亡くなった事で どんなに訴えても動かなかった行政が動いたり…ってよくありますよね。
それだけ 一つの【イノチ】とは、有名無名も関係なく どんな人であっても 大きく光る存在なのだと思います

だからといって、むやみやたらに自殺したり命を粗末にしたりしないでくださいね

人生にはタイミングというものがあり、必要な時に(決めてきた時に)命が尽きるのだと思います。
娘(子ども)って、親の言う事に対して…わかっちゃいるけど!うるさいよ!って言いたくなる事も少なくないと思うのですが、あなたはどうでしょうか?
私(長女)も 妹(三女)も そんなタイプです(^_^;) 笑
父はきっと、生まれる前の人生ストーリーを考える段階ですでに、
子ども達に何を遺したいのか?
それを自分らしくどう伝えるのか?
どうしたら子ども達の背中を押してやれるのか?
など、すごく考えたんだと思います

そして
自分の人生ストーリーでは、
親を早くに亡くしたからこそ、自分のできる事で動き出し、自分の好きを見つけ、自分の足で生きる道を歩くことができるというシナリオを思いついたであろう父。
そんな父の両親(ご先祖様)から繋がるシナリオを、私達にも採用したのだと思います。
親の死は 悲しい事だと自らが知りながら…それでも子どもらが自分の足で生きる道を歩けるのなら!と命をかけて背中を押そうと決めて来てくれていたのかなと感じています。
父は末っ子で淋しがりやなので、両親やお兄さんよりは長生きしたのも父らしいシナリオだなとも思います(^^)
皮肉なもので、実際、生きている時よりも父がしたかった事を 私自身が実現したいなと思うことが増えました。
そして、その気持ちは「今」だから感じられるのだと思います。
生きていたらきっと いらない感情が邪魔をして、素直になれなかったり、わざと違う道を歩いたりしかねないなと思います(^_^;)
自分の時間を!命を!削ってまで、後世にチャンスを与えたり、背中を押したりすることを、生まれる前から決めて来てくれていた…
そう思うと父の偉大さ、愛情の深さを感じずにはいられません。
(その前の父のご両親も お兄さんも 同じ気持ちだったのだとしたら、梶谷家のご先祖様はとても愛情深い方々なのだと!誇りに思います
)
)実際の真実はどうなのかはわかりません。
だけど、私の中にその「思い(仮説)」が、なんの根拠もなく浮かんだということは間違いない事実です。
そして、浮かんだということは、可能性がまったくの0ではないということだと思います(^^)
私達の身に起こる事すべてはメッセージであり、出会うすべては無限に繋がっている鏡(自分の姿)です💫
気づいてしまった この大きな愛情を、これからの私は活かせるのか?
とても怖いけどやるしかないのです。
それしか選択肢がないのはわかっていても、まだもがく自分がいます 笑
大丈夫!
怖いのはあなただけではない!
そして 怖いのは最初の一歩だけ!
ずっとそう言って見守ってくれる宇宙の器の大きさを感じながら、日々見えない一歩を踏み出してきました(^^)
そして、その道は今も続いています。
自分がこんな感じだからこそ
あなたの一歩を応援できる
あなたの怖さに寄り添える
場所(単純に物質的な場所だけの意味ではないのですが)を生み出したいなという思いが漠然と湧いてきています

父が遺した「かじやす米酒店」を、そんな場所にしていけたらなと思い始めています。
向かう方向も定まっていません

持っている方位磁針は、なんの変哲も無い一般的なアイデアと、自分のわくわくの気持ちのみです

この道はどこへ続くのか…誰も知りません。
だからこそ、人は生きている限り「終わり」はなく、「挑戦」し続けるのですね

かっこ良さげにまとめましたが…
正直「こわい〜!」と叫びながら逃げてぬるま湯に浸かれたらなぁ〜と思いながら挑戦しています 笑
実際に逃げはしませんが、息抜きに 逃げる妄想はよくします 笑
なんだかハッキリしていなくて申し訳ありませんが、今 自分の中で色々と考えております(^^)
うまく息抜きしながら進んでいきます!
応援よろしくお願いします!о(ж>▽<)y ☆
最後までお読みいただき ありがとうございました


