どこに行っても、ねじ巻き鳥の第二幕が手に入らない。
別にアマゾンなんぞで、検索して購入すれば確実に手に入るだろう。
だけれど、こう行く先々で第一・三幕はあるのに、真ん中がポッカリと抜けている。
誰かが意図的に僕に読ませまいとしているかもしれないけれど、そんな暇な人はいないだろう。
あるいは何かのメッセージなのかもしれない。僕はそこから何かに気付かなくちゃいけないのかもしれない。
はたして何に?

人に何かを伝えるということは、曖昧な方がよいのだろうか?
何を伝えるか?ということによるのだろうけれど、100%伝えようとするとかえって伝わりにくくなってしまうこともある気がする。
タイミングも大きな要因になる。いかに巧みな言葉を紡いだところで、それを受ける人のその時の状況次第だったりする。
タイミングを図ったりすることは出来るのだろうか?
相手の心理状況を読んで、それに合わせた言葉を紡ぐ。
そして、そうしてるうちに本当に伝えるべきことへの輪郭を曖昧にしていく。
もしくは消してしまう。
けれども逆に、本当に伝えるべきことをタイミングを意識せずに紡ぎ出してしまえばよいかというと、それはそれで伝わらない。

結局、僕はなにも伝えられないかもしれない。