最近とっても楽しい。

何が楽しいって、みんなであーだのこーだの話しているのがとっても楽しい。

進路を迷ってはいるけれど、こんな生活が続くのであれば院も素敵だと思う。

確かに、現実は甘くはない。

先日お会いした、M1の方々の話を聞いていてそう思った。

でも、辛そうだけれど、ちゃんとこなしてる。夏休みが待ち遠しいとも言っていたけど、、、。

でも仕事をするなら、そんな仕事もいいと思う。

朝から晩まで、難題に向かって問いかけて、寝ても覚めてもノックして、、、、。

けれど、本当に好きなことって仕事にしたくなかったりもする。

まだ仕事ってもんをしてない若造のぼやきではあるが、なんかそうとも思う。


ちょっと飛躍するが、フリーターもそんな分類に分かれていた。

夢追い型をよく聞く。

自分の夢を実現させるために、バイト生活をしている人々の分類だ。

彼らは、自分の夢=仕事にしたいのだろうか?

それとも夢を実現させてから、仕事をしたいのだろうか?

それとも、夢がないのだろうか?


就職活動が人生の大きなイベントの一つになっていると書かれていた。

残念ながらソースは忘れてしまったけれど。


受験の時に小論で自分が書いたことをふと思い出した。

「平均寿命と精神年齢」を絡めて書いた。

寿命が延びることによって、使える時間が増える。

また同じ文化過程に様々な年齢の人が混在するようになる。

確か結論はそんな感じにまとめた。


寿命と精神年齢(社会的立場も)の関係がひらめいたのは、マスターキートンだった。

何話か忘れてしまったけれど、キートンがロンドンでゼミの旧友に出くわす話。

考古学の登場人物たちが自分たちと同じ年齢で、キートンが自分はどれだけ成長したのか自問するシーンがあった。

それと成人式で荒れる若者のニュースがリンクしたんだと思う。

なぜ荒れるのか?に対する一つ答えとして、机上の空論をぶちまけた試験だった。