久しぶりに新しい雀荘ができると知って
初日を狙って行ってきた。


と思ったら前の雀荘を
そのまま引き継いだ形の雀荘で

お客さん同士も前の雀荘からの慣れ親しんだ感じ。



なんかなー


と思ってちょっと身構えて入ったら

結構、気の良い人が同卓だったので
気持ち良く打てた。



基本的に自分は
そこまでリーチを打たない場合が多い。


今日も、同卓者から

ダマで跳満を上がった時に


それリーチしないんですかー


と言われた。



勿論、判断に迷う事もあるが



それが私のスタイルなんです

とかは言わない。



でも、そう思っている。



メンタルのバランスが崩れた時に

スタイルが崩れやすい


その判断基準として

自分自身のスタイルは持っていて良いと思う。

四伍r(2333444566)55r


(6)を切った


たまたま見ていた子に

ノータイムで切ったのはすごいと言われた

理由を全て話しても理解してくれる事は
ホントに素直なんだなと関心した

受け入れが4:3くらい違って

(2)-(5)の受けがあって

(7)の受けも出来て

ポンもチーも出来る形で
必ず好形のテンパイになって

赤二枚あるし
三アンコーを狙うより
平和イーペーコーを狙う方が~


簡単だけど
理由付けにも一瞬悩む事

それでも
全てがノータイムだった事を

見てくれていた事が嬉しかった


それの相手が老若男女
誰であっても嬉しいだろう



その他も
ずっと見ていた事を言われて


心強く感じた



例えば
私生活でもそう

何気にやっていることに気付いてくれる事は嬉しい


口に出してくれなくともね

気付いている場合は
雰囲気で分かる


あまり相手に求めてはいけないから


麻雀も何でも
自分を主張するだけじゃない

ダメをダメと言うより

理解を示す事が大切


理解をしないで
常識でダメと言うだけなら

一時の緩和剤にしかならない


そこに頼っていると成長しない


根本的な理由が見えていないからだ


やっぱり
何気に気付いているんだな



ほんの些細な事かも知れない

こんな事からでも
嬉しくなる事がある
麻雀の楽しみ方や
進歩のひとつとして

山読み
河読みがある

山に残ってある牌を推測する
河に出ている牌から手配を推測したり、河に打ち出されやすい牌を推測する


麻雀は常に面子が出来る訳じゃないし

牌が重ねるだけでも違う

両面より辺張を残す場合もある

リーチを打つ打たないの判断基準にもなるし

どこから仕掛けるかの判断基準にもなる



確実に他人との差をつけられる部分でもある




山読みや河読みをしないで
運やツキ
つまり立証出来ない部分を想像や結果論を当てはめて満足している人は
そこで成長が止まる

と思う

自分でもっと解明出来る部分があるはず


そこが山読みや河読みにもなるのかな


麻雀を立体化すれば
面白い部分が多いし


楽しんで面倒くさい所を考えられるようにすれば良いのにね



例えば

捨て牌が
九北六(2)1

みたいな人が

七をポンして打(7)


伍八の受けを否定しているから

他に両面がある

ポンして(7)が出てきたから
(8)か(6)が二枚

タンヤオ指向だとすれば
(788)なら
六より先に(7)を切る

(667)なら六七七との比較になる


この場合は(6)が二枚かな

とか


色々な状況で
考え方はたくさんある


こんな感じなのが
楽しみ方の一つ