
「大さん橋」と書くのよ
あのカノジョから、そう教えられた
「桟橋」ではなく「岸壁」なの
とも…………
建築基準法だか、何だかの定義らしい
感心した
女だてらに
実際、どうでもいいことだ
でも、そのどうでもいいことが、
どれだけ人生に潤いを与えることか
ガイド役を嬉々として買うカノジョ
その横顔を飽きもせず、眺めたものだ
明治33年の晩秋に漱石がここを発ち、
遥々ロンドン留学の途に就いたのだとも付け加えてくれた
そうか
漱石先生が、
無二の盟友-正岡子規との今生の別れを詩に詠んだ、あの港がここだったんだ
感慨深いなぁ
先生は、行きと帰りで大きく人格が変わってしまった
その分岐の場所なのだ
そして、カノジョとオレ
その場所にいる
岸壁に腹を横付けした巨大な客船を二人押し黙ったまま見詰めていた
そんな晩秋の午後だった
先生の命日は、12月5日である
