今日は兄が逝って以来両親と3人で少しずつ片付けて来た兄のアパートを引き払った
とは言っても俺は会社が休みの日だけだけどね

兄の遺体は浴室で見つかった
すぐに発見されたから体液などの汚れは皆無
バーベキューコンロと木炭、割れたガラスのコップとスポーツドリンク、いも焼酎、それから眠剤かな?が多少あったくらい
換気扇とドアの目張りもしてたか

部屋の中は警察が現場検証のために多少ひっくり返したようだが基本綺麗好きでマメな兄だったので男の1人暮らしの中ではずっと綺麗な方だと思う

久しぶりに入った兄の部屋には兄が苦しみながらもギリギリまで頑張ってた様子が見てとれた

就活セミナーみたいなので貰ったであろう資料、そこかしこにメモ書き等がある
以前勤めていた会社関係と思われる図面、これもいっぱい勉強の為の書き込みがある
資格取得の為のテキストも付箋がいっぱいあった
それから精神疾患を抱え酒と眠剤の力が無いとまともに寝れなかったので大量の薬
少しでも心身共にリラックスできるよう健康関連の書籍
なんとか自分の生活を立て直そうと必死だったのが本当によくわかった
頑張ってる、でもなかなか好転しないってのはわかってたけどリアルにそれを突きつけられて切なかった


兄は本当についてない人だった

小さい頃から俺はずっとお兄ちゃんかわいそうって思ってた

何故か兄にばかり厳しい父
父が兄を褒めるところは結局生涯見れなかった
幼いながらにそりゃ兄貴もグレるわって思ってた

親父が転職し家族で引っ越して来た新天地
経済的にはずっと良くなったらしいが、兄はそこになかなか馴染めずに苦労していた
新天地は田舎で他所者には厳しいところだった
兄は体も小さく、坊主頭ばかりの田舎のなかではあまりにもかわいすぎた
小さい体で必死に突っ張って嫌がらせと戦う兄を何度も見てきた
何故かこれも俺はあまり味わわなかった
幼い兄が守ってくれてたのは大きかったと思う
小学校に入ったばかりの小さな男の子が弟を泣かせた小僧に向かって鉄パイプをフルスイングする光景は今でも目に焼き付いている
兄貴守ってくれてありがとう

そうやって兄は順調に不良少年になっていった
中学校を出るまでは友人も少なかったと思う
家ではしょっちゅう父と揉めていて帰るのが嫌だった時期もある
大っ嫌いな学校にいる方がまだマシだった

高校に進学した兄は同じような不良少年達から一気に友人の輪が広がる
やってることは不良少年だったが表情がガラッと変わった
小さい頃の優しい兄貴のそれだった
きっと心を許せる友達がたくさんできて毎日が楽しくなったんだろうと思う

高校卒業後は周りの友人達と同じように職を転々としつつも毎日面白おかしく過ごしていたんだろうと思う
昔のように話しかけるのも怖い兄はいつの間にか居なくなってた
何人かの友人の死をはじめとした悪い出来事もいっぱいあったがそれでも兄はそれなりに元気に暮らしていた

しかし不良の世界もなかなかにめんどくさい物で兄と友人達はどこかの組のチンピラさんに悪い意味でとってもかわいがられ、事務所の電話番だの何だのでしょっちゅう呼び出されたりするようになる
みんなそれぞれチンピラさんから距離を置くために姿を隠し、兄は隣の県に移住した
これが多分兄が23くらいの頃だと思う


そこで兄はただの暴力でしかなかった拳を真面目に鍛える事にした
この頃は兄もまだ若く仕事は幾らでもあった
親元を離れ仕事をし、夜は格闘技のジムの仲間と汗を流し、試合に出る
誇らしい顔で表彰状やトロフィーを持った写メがちょくちょく届いた
新しい土地での友人もいっぱい居たようだ
ジムの仲間や仕事の仲間から交友関係はまた広がった
数年後には結婚もして思えばこの頃が一番兄は幸せだったんだろうと思う
趣味が趣味だからケガは多かった
細かくは把握していないが、ブラック企業みたいなところで働いている時期も少なくはなかったがトータルでは充実していたはず
金は無さそうだったけどww


でもなんでかなあ、そんな幸せは長くは続かなかった
子供が欲しかった兄夫婦だけれど奥さんの体の事情で子供には恵まれなかった
検査や治療、お金もかかっただろうし精神的にもなかなか大変だったようだ
追い討ちをかけるように何年か安定して真面目に勤めていた会社が倒産
兄は30代に入ってからの厳しい就活を余儀なくされる

自分で蒔いた種と言えばそれまでだが、若い頃は職場を転々としてきた低学歴の元ヤンには世間は厳しかった
なかなか良い仕事に就けず、どんどん減っていく貯金
子供を授かれず病む奥さん
あろうことか兄貴は不倫の被害者となっていた

いろいろあったようだが一応再構築していくこととなったものの兄のプライドはズタズタになっていたんだと思う
ストレスだらけの暮らしの中で兄は傷害事件を起こしてしまった

なんとか決まった就職先の飲み会の中で内容までは聞いて無いがかなり頭に来ることがあったらしい
やっと見つけた働き口だからと兄はその場は我慢したが、迎えにくる奥さんを待っている時にやってしまった
繁華街の近くの立体駐車場の自転車置場で誰かが停めたロードバイクを眺めていたらしい
向こうも仕事とはいえ、そこを警備員に自転車泥棒だと思われてしまった
もちろん兄はそんなつもりは無いと否定したがしつこい警備員と激しく口論になり、兄の言い分では先に手を出したのは向こうらしいが兄は日々鍛えた技を競技の外で使ってしまった
結果相手は大怪我をし兄は前科がついた
兄の人生の悪循環が決定的な物となった
安く無い賠償金、保釈金で貯金はおそらく底をついた
しばらくして兄が離婚したと母から聞いた


兄はまた無職になってしまい、前よりもさらに厳しい就活となった
ハローワークや求人誌の情報など本当にあてにならないらしい
入社してみたら最初に聞いた話と条件が全然違うなんてのはザラで、兄の条件ではまともな会社なんかなかった
どこの職場にも1人はいる、真面目が故に先輩だろうが上司だろうが間違っている事を間違っていると言い、揉め事を起こしてしまうタイプの兄は職歴だけがいたずらに増えていった

そんな中でも兄は一生懸命生きていた
兄が悪いところももちろんあるが、なかなか安定してくれない兄の人生
本当はすごく不安で辛い日々を送っていたんだろう
俺や両親の前ではへーきへーき!なんとかするってと笑った
心配掛けたくなかったんだろう


そんなギリギリの生活を何年か過ごして兄は限界を迎えた
一度実家に帰り、貯金をして体制を立て直したいと言った兄
ここが大きな分岐点だった


だが残念ながら昔から兄の事を分かろうともしない父がそれを許さなかった
兄なりに一生懸命やっていたのに父は兄をいつまでも定職に就かずにプラプラしている愚か者としか思ってなかった

格闘技のジムの方でもいろんな変化があって、兄の結婚式でスピーチを読んでくれた師匠と袂を分かった兄は県内に帰って来た
この師匠との別れも無視できない悪い出来事だったと思う
これも細かいことはわからない
ただ兄はとっくに精神を病んでいたんだ
乱暴に言ってしまえばそれが主な原因だと思う


隣県の友人達とも疎遠になり、ほとんど無一文で隣の市での生活を始めた兄は昔の兄に戻ってしまったかのようにピリピリしていた
電話はよく掛かって来た
普通の愚痴なら幾らでも聞いてあげたかったが精神を病んだ兄はいつも怒っていて、こんなムカつく事があったマジで殺してえみたいな物騒な事ばかり言うようになった
以前の傷害事件のような事をまた起こしてしまえば更に状況は悪くなる
聞いているだけで不安になり胃が痛くなった
被害妄想も凄かった
兄はますます孤立していった


そんな中でも希望の光があった
10代の頃から兄に特別な感情を抱いていた女性と再婚する話が出た
その子が兄の癒しとなって兄の精神面が落ち着けばいいなと願った
新生活の為に兄も必死だったと思う


だけど世の中そんなに甘くなかった
正式にお医者様から病名を頂いていた兄の心はもうまともじゃなかった
幼い頃のトラウマとでも言おうか、暴力を以って物事を解決するしかなかった兄の価値観
それなりに上手く行ってる時にはすっかり丸くなっていたと思う兄の暴力性
実際に暴力事件は犯さなかったがいつそうなってもおかしくなかった


本当は兄はゆっくりと心を休めなければ行けなかった
無理して就活なんかしなくてよかったんだ
あの状態でただでさえメンタルを削られる就活なんかしちゃダメだった
どうにかして父を説得して実家に迎え入れ、しっかりと心の治療をしてから仕切り直させなくちゃいけなかった
それか無理やりにでも纏まったお金を渡してこれでしばらくゆっくりしな、と言ってあげるべきだった
シラフでいると常に嫌な事が頭から離れない兄はアルコール依存性とも戦わなければいけなかった
眠剤が無いと眠れなかった


兄は必死だった
もう40を目前に控え、焦る毎日
採用して貰えてもワープアそのものの条件
兄は必死だったんだ



そして死んだ





兄の部屋の片付けは兄がバカなりに不器用なりに一生懸命生きていた証で溢れていた
格闘技関係の表彰状やトロフィーは埃が被っていた
それでも毎日カロリーコントロールをし、体重と体脂肪率がノートに記録してあった
逝ってしまう数日後には試合の申し込み期限!と書いてあった
10/4未明に逝ってしまったが、10/3までしっかりと記録があった
ちゃんと戦える体をキープしていた

何年にも渡る格闘技のノートもあった
ジムで習った事を帰って復習していたノート
本当に好きだったんだな
勝った試合はもちろん、負けた試合も目を輝かせてリベンジしねーとだからまた練習頑張るって言ってたよね

自己分析が書いてあるノートもあった
自分は怒りの沸点が低いからストレスが溜まりやすいとちゃんと分かってた
死の直前の極限の精神状態の時に書いたものだった
なんとかしなくちゃ、ずっと思ってたんだよね、俺は知ってるよ
本当は俺なんかよりずっと仕事に真剣で勉強家だったの俺は尊敬してたよ


そして本当にお金がなかったんだな
いろんな督促状や支払い免状の申請の書類なんかも出て来た
気の毒すぎて見てらんなかった



兄の部屋が片付くに連れて兄が生きた証がどんどん無くなってしまうのが寂しかった
使える物はなるべく実家で使うようにした
兄がなけなしの金で買った日用品、ポンポン捨てる事は出来なかった
それでも全てを有効利用なんて出来ない
市のリサイクルセンターに持って行った物
あまりにも不憫だった


物が片付いたら部屋をピカピカに掃除した
兄の尊厳を守る為に両親も俺もけっこう頑張った
兄の彼女も泣きながら頑張ってくれた

この部屋を見て自分がいかに兄を理解できていなかったかやっと理解した父は兄の遺影に毎日優しく話しかけている
こんなに兄に優しく話しかける父は30年は見たことない
その時間を取り戻そうと父は必死で兄の遺影に話しかける
もう見てらんない




今日は兄のアパートを引き払った
不動産屋の立会いがあって、それが終わるとみんなで部屋を出た
これで兄のアパートに入るのは最後になる
兄が兄なりに必死でやって来た証
その空間が正式に兄の物ではなくなった
事故物件として次の入居者を待つ空き部屋になった
駐車場からアパートを見上げて、葬式以来の号泣をした



兄が最後に見た光景
狭い浴室のドア
同じ場所に座ってみた


次の入居者さん、安心して
残念だけど兄の幽霊なんか出て来てくれないから
出て来るのなら俺が一生その部屋に住みたいよ
そして謝らせてくれよ
救えなくてごめんって守って貰って来たのに兄貴を守ってあげれなくてごめんって