朝、書きましたが、今日は報徳塾の史跡めぐり2に
バスで行ってきました。
一番は酒匂川表彰地跡です。
小田原藩のお殿様の大久保忠真(おおくぼただざね)公は
8年ぶりに江戸から小田原に帰って来ました。
そして2日間滞在して疲弊した小田原を見て
何とかしなければと思いました。
そこで頑張ってる人、13名を酒匂川の渡しのあるところで表彰しました。
初めて金次郎が大久保忠真と会った所です。
いつも忠真公は懐に懐紙を入れていたそうです。
何が書いてあったのか、死後それが分かったようですが、
それにはこの時表彰された13人の名前と何をして表彰したか
その理由も書いてあったそうです。
また、その他には
身に代えて 永久(とわ)にぞ思うよろず民
所(ところ)を得つつ民栄えなむ
と、自分で書いたもの。
これは同じモノを金次郎さんも持っていたそうです。
この碑は スーパーのヤオマサのタジマさんが建てたそうです。
彼のスーパーにも金次郎像がありますし、
相馬地方へも像を送ったりしてるそうです。
そして文章は佐々井典彦氏 左に名前があります。
次は 飯泉観音
ここは最近小田原に来てくれて
ブログに書いてくれた方に行ってみてください。 ⇒クリックしてね。
次は 金次郎さんの奥さん、なみ夫人の生誕の地です。
最初の奥さんのきのさんが去って行ったのにも
責任を感じた服部家は奥女中をしていたなみさんを
金次郎さんの奥さんにしようと考えました。
所がなみさんの実家も金次郎さん自身も反対だったらしいです。
と言うのは 金次郎さん34歳、なみさん16歳です。
年が違いすぎるって、でも本人がOKしたとか。
先生曰く、金次郎さんが活躍できたのはなみさんの力があったから。
この後は大友亀太郎の墓に行きますが次回にします。
金次郎さんのことは聞いたままを書きましたので
私の聞き違いや早とちりがあると思います。
間違いはどうぞここ違うよ!って遠慮なく教えて下さいませm(_ _ )m


