2026年5月2日(土)~  5月4日(月)

ルアンパバーンは、ラオス北部にある古都で市街地全体が世界遺産に登録されている。市街地はメコン川とナムカン川が合流するあたりにある。

 

メコン川(バイクがおいてある左)に面した通り。空港から車で15分程度。大きなビルはなく長閑な感じ。宿泊先もホテルではなくヴィラ。2004年に訪れた時、東南アジアの田舎という感じでリラックスできたので、今回はラオスが初訪問となる妻と訪れた。

上の写真の反対方向でメコン川は道路の右下に流れる。この通りは交通量が少ないが寂しいわけではなく、CAFEや商店、ヴィラなどがあり適度に人が歩いていて生活感がある。

メコン川沿いの通り。熱帯で飲む椰子は美味しい。写真中央の左がメコン川。

ラオス産コーヒー(ラオスコーヒー)の自家焙煎のCAFE。昔訪れた時は、ラオスコーヒーってあったっけ?という感じで全く記憶にないが、現在はラオス国内のスーパー、土産物屋、空港などで販売されている。このCAFEのコーヒーは美味であり、滞在中に3回訪れた。焙煎したてのラオスコーヒーの豆も自宅用200g購入した。

道路からメコン川の土手を少し降りたところには、レストランが多くあった。

宿泊したヴィラの朝食は、徒歩2~3分のメコン川ビューのレストラン。東南アジアの田舎ということを感じられ、ノンビリとリラックスできるがメコン川は泥水なので美しくはない。

メコン川と交わるナムカン川。合流するところは写真のとおり、泥で濁ったメコン川と手前の青っぽいナムカン川と2色になって流れる。

メコン川と合流地点付近のナムカン川沿いの土手にあったジャックフルーツ。食べてみたいが、スーパー等にパックに入って売ってあるのが500円以上だったりするので、何度もいろんなところで見かけたが、失敗を恐れマンゴー、ココナッツ、パパイヤ、バナナ、竜眼などを購入してしまう。

合流地点からナムカン川沿いの通りを歩いた。

ナムカン川沿いの通りからの風景。高い建物はなく、山と川、東南アジアの田舎げな集落、歩道がついていて、交通量も少なく、日蔭もあり歩きやすい。

2026年5月1日(金)

タイの首都バンコクの正式名称の略称「クルンテープ」は“天使の都”という意味。観光客定番のバンコク三大寺院やバックパッカーの聖地として有名なカオサン通りを歩いた。

 

安宿、格安航空券を扱っている旅行社、両替屋、飲食店などバックパッカーに必要な店が集まって発達した。まだネット購入が主流ではなかった頃、ここでバンコク発着のヤンゴン、プノンペンなどの格安航空券を購入した記憶がある。

カオサン通りで食事してから、ワット・プラケオを目指して行く途中の風景。川(運河)?沿いの白いパゴダ、黄色のトロピカルな花がバンコクに来たんだなぁと感じる。

川(運河)?を渡りワット・プラケオまでの通りにはランの花が植えられてきれい。

ワット・プラケオ。バンコク三大寺院のひとつでエメラルド寺院とも呼ばれる。王宮に隣接していてかなり広いので見学するには時間がかかるし、入場券も高いし、昔、家族旅行で訪れたので外から見ただけ。

ワット・プラケオから涅槃像が有名なワット・ポーの横を通り、パーククロン花市場の近くの花で飾ったオシャレなCAFEに入り休憩。地元でも人気があるCAFEで満席だった。30年程度前のバンコクの物価を体験してるのでメッチャ高く感じた。日本と変わらない。

パーククロン花市場。ワット・ポーの近くだったのでたまたま通りかかった。

パーククロン花市場のアーケード街。アーケードはは花で覆われている。

パーククロン花市場からチャオプラヤー川沿いに出て対岸にあるバンコク三大寺院のワット・アルンを望む。今回は川の対岸から見ただけ。昔、家族旅行でワット・アルンを訪れた時、敷地内にあった顔出しパネルから息子達が顔を出して写真を撮ったら金を要求されたことを思い出し、妻と懐かしく話した。

夜もカオサン通りで食事しようということで、チャオプラヤー川沿いから他の道を通りカオサン通りに行く途中、無料で入れる大きな煌びやかな寺院があったので立ち寄った。

カオサン通りにあったワニの開き。

2026年4月30日(木)

バンコクは、東南アジア有数の大都市でありタイの首都。正式名称の略称「クルンテープ」は“天使の都”という意味である。BTS(バンコクスカイトレイン)沿線のサパーン・クワイ駅に宿泊した。

 

タイ国鉄ドンムアン駅から撮ったドンムアン空港。現役ではアジア最古の空港。2006年にスワナプーム空港が開港するまでは日本からバンコク便はこの空港だったので何回か利用したが、タイへの入国は2004年以来22年ぶり。今回はカンボジアのシェムリアップから入国。

タイ国鉄ドンムアン駅。ドンムアン空港からバンコク市街地に行くのには安いし、渋滞も関係ないし便利。

BTS(バンコクスカイトレイン)サパーン・クワイ駅近くにあった祠。タイの街を歩いてるとよく見かける。タイの人々は信心深いという感じがする。

BTSサパーン・クワイ駅からホテルまでの途中の風景。現代風のシャレた出店がたくさん。

BTSサパーン・クワイ駅周辺。ドリアンのシーズンのようだ。

BTSサパーン・クワイ駅の大型スーパー前の通りで日本食材や料理展をしていた。ここ以外でも日本料理店はよく見かけたのでタイ人にとって日本料理は人気あるようだ。東南アジアの大都市なので日本人も多く暮らしてるし何かと便利。

BTSサパーン・クワイ駅から電車で20分程度のところにある大型ショッピングセンタへ行った。夕食をしたが、バンコクの物価も高くなり、日本とそんなに変わらなく感じた。何度か訪れた2004年以前は全てにおいて日本の半額以下という感覚だったが・・・タイだけではなく他のアジア諸国に抜かれてしまい、今後はどこに行くにしても日本より物価が高くなるのではという感じがした。

ホテルからBTSサパーン・クワイ駅までの歩道。ブーゲンビリアが咲いている。

BTSサパーン・クワイ駅付近の昔と変わらないバンコクの街並み。

BTSサパーン・クワイ駅。写真中央の階段を上がったところが駅で改札がある。高架鉄道である。

 

 

2026年4月29日(水)

アンコール・トムにあるバイヨンは巨大な顔の塔が林立する寺院。そしてカジュマルの巨木で覆われたタ・プローム寺院。いずれもアンコール・ワットとともにアンコール遺跡群の人気遺跡。

 

アンコールトム遺跡の中にあるバイヨン寺院。午前中アンコール・ワットを見学後、トゥクトゥクでシェムリアップ市内のホテルに戻り、休憩してから陽ざしが和らぐ16時頃訪れた。

アンコール・トム遺跡は12世紀末に築かれた最後のクメール王国最後の城郭都市の遺跡。その中でもバイヨン寺院が有名。

バイヨン寺院の柱のレリーフと仏像。

 

バイヨン寺院の四面像の塔。

「クメールの微笑み」と呼ばれる。

バイヨン寺院。この中にいくつ顔があるかな探してみてください。

アンコール・トム遺跡からタ・プラーム遺跡へトゥクトゥクで移動。クローズの時間も迫ってきて、結構かけあしでみた。

アンコール遺跡群は、9世紀から15世紀までのクメール王国の遺跡であり、400㎢もの広大な範囲に大小600以上の遺跡が点在する。アンコール遺跡群1日券で37米ドル/人もしたが、午後からは16時から行ったためかけあしとなった。

すごいなぁとボケーッと眺めてることはせず、ほぼ写真だけ撮ってサッサと巡った。

2026年4月29日(水)

アンコール・ワットは、シェムリアップの郊外にあるアンコール遺跡群のひとつ。世界中から観光客が訪れる人気の観光地。カンボジア国旗の中央に描かれていて国を象徴する遺跡である。

 

アンコール・ワット遺跡。2002年に訪れたことがあるが、訪れたことがない妻の希望により今回の東南アジア旅行を計画。西参道からの西塔門・中央祠堂を望遠で撮ったため距離はないように見えるが、400m~500mあり日蔭が少ないのできつい。

西参道をまっすぐ行くと堀がある。狛犬のようなものが配置されている。

葉の部分が丸い椰子がアンコールワットの特徴。

堀にかかっている参道テラスをわたり西塔門と丸い椰子並木。

西塔門を通り抜けてからも400m程度歩いてようやく中央祠堂がある第3回廊へ行く階段(写真中央)がある。建物と同化した石段の上に新たに金属の階段を設置している。2002年に訪れた時は建物と同化した石段しかなく今よりかなり急で怖かった。

第3回廊のレリーフ。アンコールワットの壁面にはこうしたレリーフがたくさんある。

第3回廊から展望。写真では少し見ずらいが、写真中央下の屋根瓦のようなところにもたくさんレリーフが描かれている。

第3回廊から展望。

帰る時は西塔門を出てまっすぐの西参道のテラスに行かず、少し大回りをしたら土産物屋があった。

土産物屋付近から見ると中央祠堂の塔が5つ見える。西参道から中央祠堂がちょうど正面になるので3つしか見えない。

2026年4月27日(月)~4月28日(火)

シェムリアップは、カンボジア北西部、トンレサップ湖の北に位置する街。世界遺産、危機遺産に登録されたアンコール遺跡群観光拠点の街。

 

街の中心部にある宿泊したホテル。今回の東南アジア旅行で唯一プールがあるホテルだったが妻が入らないとのことで水着を持ってこなかった。暑かったので、昼の時間帯は部屋でゴロゴロしていたので私だけでも水着を持ってくれば良かったと少し後悔。

ホテルから出て中心街をブラブラ。プノンペンのように高層ビルはないが、街は整備されてきれいになった。2002年訪れた頃は、カンボジア国内の道も悪く、地雷もかなり埋められていた。シェムリアップを訪れて、当時の日本のテレビ番組でカンボジアで芸人が道を作っていたことを思い出した。

中心部にあるパブストリート。こんな通り全く記憶がない。昼なので人は少ない。

中心部の商店街で見かけた足の古い角質(皮)を食べる魚。マッサージ効果があるとか・・・

黄色の法衣を着た上座部仏教(小乗仏教)の子僧が歩いている。因みに小乗仏教とは蔑称とのことで、現在は上座部仏教というとのこと。ランチをするために街を歩いたが、暑いためか歩いている人は少ない。

中心部にあるクメール寺院。無料で入れるが豪華絢爛。寺院内の建物や木陰があり休憩して涼むのにもいい。

聖母マリア像のカンボジアの上座部仏教バージョン。


夕方、涼しくなって街を歩いたら公園にメッチャ人が出て、健康器具を利用している人や大きな集団でエアロビしていた。

中心部を流れるシェムリアップ川沿いも夕方から人が多く出てきて賑やかになる。

シェムリアップ川沿いの仏像のモニュメント。

2026年4月25日(土)~4月27日(月)

プノンペンは、内戦やポルポト政権下での荒廃から復興が進んで街も整備され高層ビルも多くなった。また、街に街路樹や花が多くなったような気がする。

 

ホテルの近くに通りに咲くゴールデンシャワーという黄色の花。日本では沖縄でも見られるとのことだが、意識してなかったせいなのか、訪問時期が違ったせいなのか見たという記憶がない。

ゴールデンシャワーはプノンペンのいろんなところに植えられていてよく見かけた。カンボジアの隣国であるタイの国花とのこと。黄色が鮮やか。

 

ゴールデンシャワーは結構な大きな木になる花。

ゴールデンシャワーは写真左の木のように、長さ40cmほどの円柱状の硬い棒状の「豆果」をつける。そういえば沖縄で「豆果」をつけた状態のものを見たことがある。

これはオオバナサルスベリという花で街路樹によく使われる。日本にもサルスベリあるが花が小さく、樹高が低いとのこと。

ピンクが少し濃い色のオオバナサルスベリかな。

トンレサップ川沿いの公園にあったブーゲンビリア。

ブーゲンビリアの下でまったりとしてる人がたくさんいた。

クメール様式の建物の前に植えられていたブーゲンビリア。

2026年4月26日(日)

プノンペンにある王宮は、ポルポト政権下において国王を幽閉する場所、そして外国からの使節団が訪問した際、晩餐会などを開き国際社会に正常に機能してることをアピールする場として利用した。

 

王宮正門(写真左)。ポルポトはシハヌーク国王を王宮内に幽閉して、名目上の国家元首として利用し、王宮を利用して外国からの使節団や要人が訪問する際の儀礼的な場として使われた。ポルポトは多くの文化財や寺院に被害を与えたが、王宮は今でも美しいままの姿をみることができる。

王宮正門を背にして右(南)を向くとクメール様式の建造物“最高裁判所“がある。

王宮正門から時計まわり(最高裁判所方面)で王宮を1周しようと言うことになった。

最高裁判所のところで右(西)に曲がったところ。王宮の端っこの建物が見える程度。

最高裁判所、王宮の南(横)には、整備された大きなワット・ボトム公園がある。

ワット・ボトム公園にある黄金の龍のようなモニュメントの下で寝転んで気持ちよさそう。

ワット・ボトム公園と王宮の間の道を通って右(北)に回っても塀で王宮は見えず、商店街のようなありふれた通りとなった。

1周して王宮正門前。王宮の大きさは感じることができた。景色なら正門の前の通りで十分。2002年訪れた時に入場したが、クメール様式の寺院の大規模なものという感じだったと記憶している。ポルポトに処刑された人が収容されたトゥールスレン収容所や大量虐殺されたキリングフィールドを提案したが妻にスルーされた。

王宮前の広場。

王宮前の広場から王宮を撮影。

2026年4月25日(土)

プノンペンは内戦やポルポト政権下での荒廃から復興が進んだ。市内には高層ビルが立ち並び、トンレサップ川沿には整備されたナイトマーケットができた。

 

2002年に訪れた時は全く見かけなかった高層ビルがたくさんあった。

約1km南で大河メコンと合流するトンレサップ川沿いのナイトマーケットは日暮れ前からたくさんの人で混雑。

プラスチックのテーブルやイスで東南アジアを感じる。

ナイトマーケットの北側方向にブーゲンビリア(右)と淡いサクラ色した花(左)がきれいだったが、夕暮れ時で青空でもないしイマイチ写真では映えなかった。

以前訪れたカンボジアのイメージを覆すような整備されたマーケットができて、たくさんの市民や観光客がいてこの町で大量虐殺があったことなど感じられない。

灯りもともってナイトマーケットらしくなってきた。カオスなアジアのマーケットではなく、清潔感もあるマーケットで腹痛の恐怖が若干ゆるくなり、途中でマンゴージュースを購入した。

ナイトマーケット沿いにあった黄金の仏像。

北から南までトンレサップ川沿いのナイトマーケットを最後まで歩いた後、ホテルに戻る途中にあった屋台。コオロギ、タガメ、ゲンゴロウ?など昆虫の炒め物が売っていた。

途中のレストランで無難にチャーハンでディナー。

2026年4月25日(土)

プノンペンは、カンボジア南部にある同国の首都。ポルポト政権下で知識人・都市住民を収容した施設が残り、郊外には処刑場が残る。

 

ホーチミンからバスで6時間、前日の夕方に到着し、翌朝まずはホテルから近くにあったオルセーマーケットに訪れた。土産物屋などがなく観光地化されていない地元民向けの大きな市場。プノンペンは2002年に訪れて以来24年ぶりに訪れたが、高層ビルが立ち並び発展していた。

ゴチャゴチャした様子、喧騒の雰囲気は昔と変わらずカオス。

独立記念塔。配車アプリでトゥクトゥクで訪れた。面倒臭い交渉もなくボッタクリもできない。言葉も心配なく快適に訪れた。

独立記念塔はロータリーの中心にあり、そこからのプノンペンの風景。クメール様式の建築物(オレンジの屋根)の向こうに新しい高層ビルが立ち並び、急速に発展したことが窺える。少なくとも24年前はせいぜい5~6階建てのビルがある程度だったと記憶している。

独立記念塔から別方向の風景。きれいに整備されカオスっぽさがない。

カンボジアが初めての妻へポルポトの残虐性、この国の国民の悲惨さなど凄く感じられるところだからトゥール・スレン収容所に行こうと提案したが、昼が近かったし、暑くてゆっくりしたかったためイオンでランチということになった。

イオンでランチ後、一旦ホテルで横になって休憩してから、観光客も訪れるセントラルマーケット(写真)へ配車アプリのトゥクトゥクで訪れた。

セントラルマーケットの建物の外側。メコン川で獲れるであろう大きなナマズや淡水魚が多かった。

セントラルマーケットの建物の外側。

セントラルマーケット内部のドームの下は宝石・貴金属コーナーばっかりだった。