2026年2月27日(金)

アゼルバイジャンは、カスピ海西岸にあり、天然ガスが地表で自然発火している場所があることから“火の国”と呼ばれる。首都バクー郊外にある空港から市街地へ来る間に近未来の高層ビルや巨大アート建築物がありオイルマネーによる潤いを感じる。

 

ヘイダル・アリエフ・センター。歴史、文化等を紹介する博物館、イベントホール、美術館などの複合施設。空港から市街地に行く時、バス車窓からこの建物が見え、インパクトがあったので、バクーに到着した翌日にゆっくりと訪れた。

ヘイダル・アリエフ・センターの隣にあるバクーコンベンションセンター。これまた巨大かつ近代的な建物。

広場を挟んで向こうに目を向けると、横浜のインターコンチネンタルホテルのようなリッツカールトンホテルがある。

ヘイダル・アリエフ・センターの前には動物のアートがたくさんある。

ヘイダル・アリエフ・センター前にある2つの巨大な動物アート。人と比べたらとんでもなく巨大なことがわかる。

ヘイダル・アリエフ・センター前から見たアート。

ヘイダル・アリエフ・センター前から炎の形の高層ビルフレイムタワー方面を展望。

ヘイダル・アリエフ・センターを裏から見ると全く違った建築物に見える。これまた人と比べたらとんでもなくこの建物が大きなことがわかる。

ヘイダル・アリエフ・センターからバクー空港方面へ少し行ったところにあったアパート。ベランダにアゼルバイジャン国旗が下の階を除いてどの部屋のベランダにもあった。このようなアパートがこれだけでなく数棟はあった。

更に空港方面に行くと近代的なデザインの高層ビルが連続して立ち並んでいる。オイルマネーの威力はすごいと感じる。

2026年2月26日(木)~ 2月28日(土)

アゼルバイジャンの首都バクーのカスピ海沿いの長大なプロムナードを歩くと、いくつかの奇抜なデザインの建築物を見ることができる。

 

カスピ海沿いにあるクレセントホテル。33階建て、高さ166mの高層ホテル。写真右下には炎の形したフレイムタワーが見える。

クレセントホテルからカスピ海沿いのプロムナードを歩いた。炎の形した3つの高層ビルはフレイムタワー。カスピ海沿いには大きなプロムナード(遊歩道)と(写真右に)公園がづっと続いている。

宿泊したホテルがカスピ海から内陸へ10分程度のところだったので、バクー3日間滞在中に何度かこのプロムナードに訪れた。

正面にシドニーのオペラハウスのように見えたが、高いところに登って見たら花の形をしていた。この建築物はショッピングモール。

クレセントホテルからカスピ海沿いを西へ約3kmにある白鳥のモニュメントがある噴水池。ここから湖岸を逸れて街の方行くと世界遺産の城壁に囲まれた旧市街がある。

白鳥のモニュメントがある噴水池からさらにカスピ海沿いを歩いて行くと、これまた奇抜のデザインのカーペット博物館がある。

カーペット博物館ということで、クルクルと巻いた形の建造物。

シドニーのオペラハウスのようなショッピングモールの裏にはカモメがたくさんいてエサを撒いていた。

カスピ海沿いからフレイムタワーの近くまで登ってきた。フレイムタワーはホテル、オフィスなどが入っているが、一般の展望台はないので、カスピ海とバクーを展望するにはここがベストビューだと思われる。ケーブルカーでこれるが健康のため往復とも歩いた。

バクー市街とカスピ海展望。

2026年2月26日(木)

アゼルバイジャンの首都バクーの旧市街地は、城壁に囲まれ歴史的建造物が残り世界遺産に登録されている。

 

バクー旧市街の城壁。かつては二重の城壁で囲まれていたが、現在は内壁のみが残り、街全体が城壁に囲まれているという感じはしなかった。

乙女の塔。カスピ海から少し入ったメインロード沿いにあり、城壁には囲まれていない。塔の目的が監視塔、灯台、天文台という説があり、造られたのも12世紀説もあれば古代という説もある。

乙女の塔の裏側(カスピ海側ではない方)にある遺跡。ドーム状の建物はハマム(公衆浴場)。

旧市街から炎の形した高層ビル“フレイムタワー”が見える。

中東っぽい雰囲気がする土産物が売っている。

土産物だけではなく、土色の建築物やミナレット(モスクにある塔)があり、街並みも中東っぽい。

中東っぽさだけでなく、イスタンブールでよく見かけた2階部分が突き出した建築物が多くあった。

 

石畳の通りも多くあり異国情緒を感じる。

街を歩いてると結構ネコがいたが、こうしてネコに餌を撒いてる人がいるからかな。

2026年2月26日(木)~2月28日(土)

アゼルバイジャンは、カスピ海の西岸にある国。天然ガスが地表に噴出し、自然発火している場所が多くあることから“火の国”と呼ばれる。首都バクーの中心部はヨーロッパ的な雰囲気の街並みとなっている。

 

バクー中心部の街並み。ハノイ、イスタンブールを経由して訪れた一人旅。日本人のみビザが無料。空港で知り合った日本人の学生と中心街まで一緒にきて、二人でCAFEで朝食後、一人でお歩きさん。中心部はヨーロピアンな街並み。

気温は少し東京より肌寒いかという程度。

公園の噴水もオシャレだが寒いからか水がなかった。

マックもあり、旧ソ連のイメージは感じられない。

宗教的にはイスラム教を信仰している人がほとんどだけど、テラスカフェもたくさんあり街並みはヨーロッパ。

イスラムの雰囲気があるバクー駅(正面)。駅周辺からカスピ海まで1km程度、そしてカスピ海に並行して2~3km程度に中心部があるという感じである。

バクー駅はメトロ“5月28日駅”と直結している。バクーはバス、地下鉄がバクーカードで乗車できて、空港を含んで市内の主だったところへはそれで行けて便利だった。飲食費は日本と変わらない程度だったが、交通費は少し安く感じた。

バクー駅近くのショッピングモールもしくは百貨店。電光掲示板へアゼルバイジャン国旗を表示。政府への機嫌とり?それとも愛国心か?

八百屋さんの前、果物は日本より種類が少なく、リンゴ系、柑橘系が多い。果物は日本より安い。

メニューの写真を見て牛の赤身肉かと思って注文したらレバーだった。やっちまったという感じ。メニューの写真にはパンは掲載されてなかったのに持ってきたので、確認したら無料だった。他の店でも無料だったのでおかずやライスを注文するとこの国ではパンは無料で提供されるようだ。

 

 

2026年2月3日(火)

總願寺は、関東三大不動尊の一つであり、約400年の歴史をもつ伝統祭事“節分会鬼追い豆まき式”が毎年開催される。加須うどんは、この寺の門前で参拝客に提供したことが始まりとされている。

 

總願寺門前の街並み。“五家寶”という埼玉県北部の郷土菓子屋(写真左)が2軒並んでる。今回、友人から節分祭に行こうとプレゼンがあり行った。門前にはうどん屋(写真中央下の青い看板)がある。

總願寺門前の街並み。

總願寺の山門。總願寺は不動ヶ岡不動尊とも呼ばれる。

總願寺の山門。

露店が出ていてお祭り気分になってくる。

地元の消防団、その後には僧侶などが入場してきた。

僧侶がお経を唱え、儀式が始まった。

鬼が火が点いた大きな松明をお堂の回廊で振りまわす。

市長など来賓あいさつしてから豆まき。といってもスナック菓子等で代用。中には5円、100円などの硬貨もあった。結構、豆まきで拾うのが面白く、童心に帰れた。

加須市の年男、年女だろうと思われる人もまいていた。夜の部には豊昇龍、デビィ婦人、長州小力、ビートきよし、鼠先輩など有名人がきて豆まきするが、遅くなるので昼の部を見て切り上げた。その後、友人の案内で加須うどんの店に行った。讃岐、福岡のうどんとは別もんであり、太くてコシがありこれまた美味かった。

 

 

 

 

2026年1月22日(木)

大村市は、長崎空港がある県の空の玄関口。日本で2番目の県立・市立一体型図書館と大村市歴史資料館を併合した複合施設がある。

 

JR大村駅。大村線の駅であり大正時代に建てられた木造駅。西九州新幹線は大村駅には止まらず、ここから佐世保方面に2つ目の新大村駅。

JR大村駅前の風景。

長崎空港に行く前にせっかくだから大村の街をお歩きさん。大村は長崎、佐世保、諫早、島原など県の主要都市どこに行くのにも便利がいい。

大村の飲み屋街。

お歩きんの休憩がてら近くにあったので入館した“ミライon図書館”。外観もアーチ型でオシャレ、内部は木がふんだんに使われていて隈研吾がデザインしたものかと思ったが違っていた。九州トップクラスの収蔵能力がある。

玉ノ海梅吉生誕地の碑。久しぶりにこの名を思い出した。現役の頃は全く知らないが、千代の富士、北の湖、輪島、貴ノ花などが活躍していた頃、NHKの相撲解説者だった。

大村公園入口付近。

大村公園内にある大村藩の玖島城の石垣と板敷櫓。石垣の手前は九州最大級の花菖蒲が植えられていて、以前、たまたまそのシーズンに長崎空港を利用した時にここを訪れた。

郷土料理である押し寿司の“大村寿司”。大村駅前の観光案内所でも大村寿司の老舗のものが販売されていたので購入した。

大村湾の人口島の長崎空港。大村市街地と橋で繋がっている。搭乗前に大村観光案内所で買った大村寿司とスィートスプリングを食べた。スィートスプリングは今回、島原で食べて初めて知った柑橘系。皮が堅く、酸っぱそうな見た目。が、実際は甘くて美味しい。大村観光案内所でかなりの安さで販売されていたので購入した。美味しい柑橘系を見つけたのは愛媛の甘平以来。

 

 

2026年1月21日(水)~1月22日(木)

小浜温泉(雲仙市小浜町)は、島原半島西側の橘湾に面している。福井県小浜市と同様に米大統領選の時にオバマ大統領を応援したことで話題となった。

 

小浜温泉観光協会前のオバマ大統領がイラストされた幟。福井の小浜市でもそうだったが、ここも街起こしに大統領を使っているが、トランプ、バイデン、トランプと変わったので、オバマ大統領のイラストやグッズ等を見たのはここだけだった。

この地の民謡“おなよい節”の像の横の木はジャカランダという南米原産の木。6月には紫の花が咲き、ジャカランダフェスタが開催される。橘湾沿いの国道沿いに100m程度の並木になっている。海外に行った時、どこか忘れたがいろんなところでよく見かけた気がする。

温泉街は橘湾沿いに通る国道沿いにある。

ランチでは小浜チャンポンを食べた。長崎チャンポンが湯治場として栄えた小浜温泉に伝わったもの。なので長崎チャンポンとの違いがあまりわからなかったが、長崎よりはあっさりしているとのこと。

温泉卵を売っていたが、雲仙で食べ、少し前にチャンポンを食べたばかりだったので食べなかった。

この店だけではなく小浜温泉では“湯せんぺい”を売っていた。有馬温泉の炭酸せんべいと同じようなせんべいだった。割れたり、ヘリが欠けたせんべいが安く売っていたので、購入してホテルで食べた。

小浜温泉の公衆浴場。

翌朝のお歩きさん。湯けむりがたくさん。小浜温泉は無色透明の塩化物泉で、源泉が約30あり、源泉温度は国内屈指の105度。放熱量は日本一とのこと。知名度は、別府温泉、草津温泉ほどないが、昔、ここを通った時、湯けむりがあちこちで見られ、なかなかの温泉だと思った。そん時は、国道沿いを通り過ぎただけだったので、今回はゆっくり歩いてみたかった。

海(橘湾)に出てみた。ここからも湯けむりが見える。皆生温泉(米子市)のように海の中から湧いてるわけではないが、海に近いところから湧き、皆生温泉と同様に塩化温泉。

海沿いにある“足湯ほっとふっと105”にある「湯棚」と呼ばれる源泉が流れ落ちるところ。源泉温度105度にちなんで日本一長い105mの足湯は、湯だなの横にある。

2026年1月21日(水)

雲仙温泉は、標高700mの高原にあり、冬には山には霧氷が見られる日本初の国立公園。温泉街まで噴き出す蒸気や硫黄の香りがする地獄があり遊歩道が整備されている。

 

雲仙温泉街中心部にあるバス停。今回はレンタカーも借りず、路線バスで移動。不便と言えば不便だが旅情を感じられて、なかなかいいもんだ。島原からバスで40分。

雲仙温泉中心街にある温泉神社。島原半島には、温泉と書いて「うんぜん」と読む温泉神社があるが、その総本山がこの神社。

明治から昭和初期にかけて外国人の避暑・保養地として栄えたこともあり洋風な建物が多い。

 

山が白いのは雲仙特有の霧氷。

雲仙の地獄。温泉街からすぐのところに入口があり、遊歩道が整備されている。地獄の蒸気で作られたゆで卵は、家で作ったゆで卵より美味しい。

ネコの岩盤浴。石があったかいので、ネコちゃん達が気持ち良さげに寝ていた。

 

硫黄で黄色く染まっている石。硫黄臭も結構する。

 

 

 

 

2026年1月20日(火)~1月21日(水)

島原市は、島原半島東部にある人口約4万人の小さな街であるが、島原の乱、雲仙普賢岳の災害など歴史的な出来事があった。

 

島原鉄道島原駅の“島原の子守唄”像。この唄は、明治から昭和初期にかけて、東南アジア等へ売られた、貧しい家庭の少女“からゆきさん”を題材にした歌詞であり、民謡をベースにした歌謡曲。島倉千代子、美空ひばりなど昭和の有名歌手に歌われた。

島原鉄道島原駅から正面に見える島原城、横には普賢岳。1637年キリシタンの弾圧に対する一揆“島原の乱”の際、藩士と城下の町人らはこの城に籠城して守り抜き、一揆勢は鎮圧された。

島原鉄道島原駅から見た場合、島原城の裏には武家屋敷がある。何十年も前、家族で訪れた時、息子をここで撮った写真があり、その写真と雰囲気が変わってなく懐かしく感じた。

昔、島原城も昔訪れたが、こんなに大きな城で美しい城だったかなぁという感じ。やっぱり堀の周りを歩いていろんな角度から眺めてみないとわからないもので、見る角度によって雰囲気が全然違ってくる。

島原の商店街。昔家族で訪れた時は、街を歩いてない。観光地だけを見るだけで、妻曰く慌しかったとのこと。最近はスタイルが変わり、ゆっくりと時にはチンタラして、見れなかったらまた来たらええやという考え方になった。

島原の商店街付近からの普賢岳。

島原の商店街の近くに湧き水が豊富で、町内会が中心となって錦鯉を放流した“鯉の泳ぐまち”。といいながらも泳いでる鯉が少なかった。

島原港付近のホテルまで歩いて行き、荷物を預けてからバスに乗って普賢岳噴火による土石流で大きな被害を受けた深江町(現在合併により南島原市)の土石流被災家屋保存公園に行った。

土石流により被災した家屋を保存している。被災当時、ここは深江町であり、多分違うと思うが、ヒゲの市長(鐘ヶ江島原市長)が陣頭指揮を執っていた印象しか残っていない。

翌朝、ホテルの部屋から有明海を望む。島原港の近くには小さな島がいっぱいある。

2026年1月20日(火)

島原鉄道は、諫早駅から島原港駅まで43.2km。路線の大部分を有明海沿線を走行し、日本一海に近いと称する駅が途中にある。

 

始発の次の本諫早から乗車。普通列車で妻と旅するのは久しぶり。島原鉄道のいろんな場所でアニメを見かけたので、何かのアニメの聖地かなと思っていた。が、そうではなかった。玩具会社が全国の実在する鉄道会社で働く女性“鉄道むすめ”のフィギュアを展開するためのオリジナルキャラクターであり、島原鉄道の鉄道むすめは“神代みさき”。

島原鉄道多比良駅。高校サッカーで有名な国見高校の最寄駅。

日本一海に近い駅“大三東駅”。列車に描かれているアニメは島原鉄道のイメージキャラクターで、島原の「鯉」をモデルとした“鯉駅長さっちゃん(中央)、そして金魚の助役れんちゃん(左)、金魚の助役あいちゃん”。魚には見えんかった。

大三東駅のホームと有明海と幸せの黄色いハンカチ。黄色いハンカチは高倉健の映画であった北海道夕張炭住のイメージしかなかった。これは島原鉄道が町おこしんとして実施している「しあわせの黄色い列車王国」プロジェクトの一環とのこと。

大三東駅ホームから島原方面には、雲仙が見える。写真で右の一番高く見えているのが普賢岳。

停車時間だけではもの足りないない。1時間に1本は列車があり、次の駅1.3kmほど。なので下車。

島原鉄道大三東駅からひと駅線路と並走する国道をお歩きさん。

大三東駅より島原方面へひと駅の松尾駅。

松尾駅から列車に乗り、2つめの島原駅に到着。

島原鉄道島原駅。なつかしい改札。ちなみに終着駅はここより2つ先の島原港駅。