2026年4月3日(金)

名和神社は、鳥取県大山町にあり、流刑されていた隠岐から脱出した後醍醐天皇を助け、鎌倉幕府の倒幕に貢献した名和長年を祀る。昔からの桜の名所。

 

後醍醐天皇が隠岐から脱出した際に、到着した御来屋の漁協に魚を買いに行ったついでに、母、妻と名和神社に花見に立寄った。駐車場から名和神社に向かう時、振り向いたら御来屋の街の黒瓦と日本海が坂の下に見える。青い海に桜が映える。

名和神社の鳥居から振り向くと御来屋の街は見えなかったが、日本海と青い空が一体化して水平線がわかりにくい。

2つめの鳥居のところにあったたこやきがメチャおいしかった。花より団子ならぬ花よりたこやき。

神門の前にある枝垂れ桜。

神門から振り返って撮影。

名和長年を祀る名和神社本殿。平成の合併により大山町となったが、以前は名和町だった。また、実家の近所に“長年”という銘柄の日本酒があったが、今は境港の酒造会社がその銘柄を引き継いだようだ。名和長年って知名度は低く全国的には知らない人が多く、私も後醍醐天皇を助けたことくらいしかしらないが、町名、日本酒の銘柄としてその名を後世に伝えられている。

名和神社の手前にある名和公園。小学校の時、うっすらと遠足で訪れた記憶がある。

名和公園からの展望。こJR山陰本線の名和駅付近を走る汽車。

名和公園からの旧鳥取県名和町の中心である御来屋の展望。御来屋漁港の近くには後醍醐天皇が隠岐から上陸した時に疲れを癒やすために天皇が腰掛けたという「御腰掛の岩」がある。

名和公園から道路の方に降りたら、また山陰本線の汽車が通った。

 

2026年4月2日(木)

松江は、島根県東部に位置する県庁所在地で、国宝“松江城“は桜の名所。松江を舞台にしたNHK朝ドラ“ばけばけ“が2025年度下半期に放映された。

 

松江城のお堀前の道路に母、妻と3人で花見前にランチ。

花見前にランチした店でばけばけをイメージしたキャッチコピー“あげ そげ  ばけ”。松江をアゲていくこと、不要なものを削いでいくことで松江がより変化をしていくという意味である。出雲弁で“あげ”は「ああだ」、“そげ”は「そうだ」、“こげ”は「こうだ」であり、“ばけ”は方言ではなく韻を踏んで、ばけばけに掛けている。

松江城の堀を巡る堀川めぐりのスタート地点にも“あげ そげ  ばけ”の幟。ちなみに鳥取県西部の米子市は松江とほぼ同じ方言、鳥取市になると全く違う方言となる。

松江城二の丸の桜は満開。

松江城二の丸にある中櫓。

二の丸から階段を上がって天守閣があるところの桜。全国に12城しか残っていない現存天守の1つ。松江城への花見は小学校高学年か中学校の時、遠足で訪れて以来。松江城を訪れたのも10年以上ぶり。松江城の天守閣には登らなかった。

天守閣がある広場から二の丸及び松江市街地を展望。ビルが邪魔して天守閣に登らないと宍道湖は見えない。

天守閣がある広場からの展望。晴れたら鳥取県にある中国地方最高峰の大山も見えるが、この日はダメだった。

 

二の丸にある南櫓、中櫓を堀(松江市街地)側から望むとなかなか石垣も美しい。

 

2026年4月1日(水)

若桜町は、中国地方最東端にある山間の街。若桜鉄道若桜駅が国の有形文化財、街並みが重要伝統的建造物群保存地区となっている。

 

国の有形文化財である若桜鉄道若桜駅(写真中央下の赤い屋根の建物)。鳥取市から車で約1時間であるのに妻は鳥取で暮らしていた頃1回も訪れたことがなかったので今回一緒に訪れた。若桜鉄道は郡家駅(鳥取県八頭町)でJR因美線と接続する。若桜駅は終着駅となる。若桜鉄道沿線の23施設が登録有形文化財となっていて鉄道ファンには人気がある。

内部はCAFEがあり、木材がふんだんに使われてめっちゃオシャレ。

ホームもレトロ感満載。列車もオシャレ。

若桜駅には運転体験ができるSLとディーゼル機関車がある。背後の桜とセットでお気に入りの1枚。

若桜鉄道若桜駅の線路沿いにある郵便局前の麒麟獅子ポスト。若桜は因幡地方になるので鳥取市などと同じく麒麟獅子の伝統行事が若桜神社の大祭の時あるようだ。

蔵通り。20の土蔵が約300mも連なっている。1885年(明治18年)の大火を教訓として、家屋の背面に延焼を防ぐための土蔵が作られた。令和になってから(令3年:2021年)重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

同じく重要伝統的建造物群保存地区のカリヤ通り。カリヤ(仮屋)は豪雪地帯特有のヒサシが道路側に飛び出した私道であり、少し残っている。新潟県上越市ではガンギ(雁木)と言われ、青森県黒石市では“こみせ”と言われる。

若桜橋。鳥取と姫路を結ぶ国道29号線とみ若桜宿を接続する橋。昭和初期に架けられた3連アーチのコンクリート橋。

不動院岩屋堂。若桜宿から国道29号線を姫路方面に車で10分程度。同じ鳥取県内の三朝の三徳山投入堂のように崖をくりぬいたところにあり、三徳山投入堂とともに日本三大投入堂のひとつ。もうひとつは、大分県宇佐市の龍岩寺。

不動院岩屋堂の側を流れる川。

2026年4月1日(水)

湯村温泉(兵庫県新温泉町)は、但馬地方の山間部にある。1981年に放映された吉永小百合主演のNHKドラマ“夢千代日記”の舞台となった。

 

山陰のメイン道路、国道9号線から入ったところにある温泉街。ちょうど桜が満開に近かった。

湯村温泉の共同浴場「薬師湯」。鳥取で暮らしていた頃、湯村温泉街が好きでよく訪れていたが、以前あった春来川沿いの荒湯の向かいに行ったら移転して場所も建物も変わっていた。もう移転して18年、2008年に150m程度路地を入ったところに移転。

薬師湯で温泉に入った後、久しぶり妻と温泉街をお歩きさん。薬師湯(写真中央やや左)から春来川を渡ったところに新たに足湯が出来ていた。

足湯から路地を通り温泉街のメインストリートに出たところに夢千代館(夢千代の博物館)があり、その前から撮った温泉街の風景。

春来川。正面の湯けむりが上がっているところが湯村温泉のシンボルの荒湯。

少し荒湯の方に近づいて柳を入れて撮ってみた。荒湯の先には、夢千代を演じた吉永小百合像がある。1981年にNHKで放映され「夢千代日記」とは、広島で胎内被爆し余命宣告を受けた夢千代が鄙びた温泉の置き屋を継いでひたむきに生きていく様を描いたドラマ。

写真左の櫓がある場所が空地になっているところが、かつて薬師湯があったところ。

道路を挟んで向かいが荒湯。荒湯のそばにある店で生卵を購入し、荒湯で茹でた。鳥取で暮らしていた頃、ここで茹でた卵は最高に美味しいと思ったが、今は普通の味で何とも思わない。妻も同じ感想。自分たちの味覚が年齢で変化したのか?それとも温泉自体の質が変化したのか?

荒湯から上流側に次ぎの橋付近に桜があった。

なのでその橋のところに行って桜を撮影。

2026年3月31日(火)

大津は、日本最大の湖“琵琶湖”の南西端に位置する。湖国最大の人口を擁し、県庁所在地である。

 

京阪びわ湖浜大津(旧名:浜大津)駅前を走る京阪電車。京阪は一部が路面区間になっている。

京阪びわ湖浜大津駅近くにあった三井寺名物の力餅本家で休憩。

大津は学生時代にJR沿線の駅で何度か降りたことがあるが、京阪電車で訪れたことがなく、大津では一部路面区間があることを初めて知った。

京阪びわ湖浜大津駅からJR大津駅までの間にある商店街。

京阪電車の路面区間の道路を挟んで対面にもアーケード商店街がある。

高台にあるJR大津駅。

JR大津駅前の“中央大通り”からまっすぐ下ったところが琵琶湖。

滋賀県庁舎。JR大津駅から“中央大通り”を下って東に曲がったところにある。1939年完成。早稲田大学大隈講堂を設計した人が設計した。

旧東海道大津宿。琵琶湖と大津駅との間の東西に走る通りが旧東海道。それらしき雰囲気を感じられる建物が残る。

旧東海道大津宿。

2026年3月31日(火)

大津にある琵琶湖疎水は琵琶湖の水を京都へ流すための水路。その両岸や周辺には桜の名所がある。

 

京阪大津市役所駅前で桜満開の三井寺がある山を背景に撮影した京阪電車。

大津市役所付近から三井寺方面の風景。

大津市役所前を通って徒歩10分程度で三井寺の仁王門。

三井寺の仁王門の下から撮影。

三井寺の仁王門から、この道を2~3分歩いた。

到着したのは琵琶湖疎水。

琵琶湖疎水の両側に桜が植えられ桜の名所。明治時代に京都へ湖水を運ぶため造られた。京都市の山科、蹴上まで疎水船が運行される。

琵琶湖疎水にかかる橋と三井寺がある山の桜。

琵琶湖疎水の上流部(琵琶湖に近い付近)から見ると三井寺が桜に囲まれていることがわかる。

琵琶湖疎水の桜並木が途切れたところから京阪電鉄の線路沿いを京阪浜大津駅に向かって行ったところにある公園の桜。ここは公園と公園の間に京阪電車が走る道路(写真中央下の一時停止、及び一方通行標識のところ)があり、桜の中を走る電車をカメラ小僧やカメラオジサンが狙っていた。

2026年3月28日(土)

都心の桜の中を歩くため東京メトロ霞ヶ関駅から皇居の堀沿いを時計まわりに歩き、大手町付近から逸れて日本橋に行った。

 

前日に続き、いい天気だったので、今日は一人で東京都心に出かけ花見お歩きさん。東京メトロ霞ヶ関駅から赤レンガ造りの法務省の前を通り、桜田壕(写真)から皇居の堀沿い歩きをスタート。

途中、国立劇場の前の桜が満開に近かったので皇居堀沿いから道路を横断したが、また戻り堀沿いを歩き半蔵門前の半蔵濠の桜。

皇居の堀沿いから堀を渡る代官町通り(写真)へ逸れて、千鳥ヶ淵に向かう。

皇居のみではなく東京を代表する花見スポットの千鳥ヶ淵。

千鳥ヶ淵は皇居の堀で唯一ボートに乗れる。

皇居の堀から逸れて日本橋にある日本銀行前の桜並木。

日本銀行の対面にある貨幣博物館が無料なので休憩を兼ねて入館した。

日本銀行前から三越の横を通り首都高の下まで約500m続く桜並木は江戸桜通り。

日本の道路の起点となる日本橋の前に満開に近い1本桜があった。

日本橋から帰るため東京駅方面に向かったら、日本橋高島屋の前にも桜並木があった。

 

2026年3月27日(金)

東京都最南端の区である大田区。区役所があり、交通の要衝で商業施設が多く、区の中心街となる“蒲田”から区内桜名所を歩いた。

 

月1回の定例となった友人とのお歩きさん会。ちょうど桜のシーズンとなったので、今回はJR蒲田駅で待ち合せして、蒲田駅周辺(大田区)の桜名所を巡った。写真は、JR蒲田駅の近くを流れる呑川沿いの桜。蒲田は今までに何度も訪れたことがあるので、この川のことは知っていたがこんなに桜があるとは思ってなかった。まだ2~3分咲きだが何とかきれい。

呑川沿いを歩いて池上本門寺を初めて訪れた。この寺は、日蓮の臨終の地である。五重の塔があり日本情緒がある絵が撮れた。

池上本門寺には、馬場、猪木を育て、日本プロレスの礎を築いた力道山が眠る。

池上本門寺大堂。1945年の空襲で焼けて1964年再建された。

池上本門寺から20~30分歩いて馬込桜並木通りを訪れたら満開までもう少し。

馬込桜並木通り。出店も出ているし、桜は満開に近いし春を感じる。

馬込でランチをしてから3km程度歩き、東急池上線長原駅近くの商店街を通り抜けた。

東急池上線長原駅を抜けて、勝海舟記念館の前を通過したら、この日最後の桜名所の洗足池。ここにはブルーシートを敷いて桜の下で宴をするグループがたくさんいる。

洗足池のほとりを歩いて上記写真の対岸から撮影。

花見の宴のかわりに、お歩きさん反省会を近くセブンイレブンからコーヒーとスィーツを購入して二人で実施。

 

2026年3月10日(火)~3月11日(水)

アルメニアの首都エレバンから帰国便に搭乗のためジョージアの首都トビリシに帰国前日に戻った。まだ歩いてない地区を歩いて翌日、帰国の途に就いた。

 

エレバンからマルシェルートカ(乗合ミニバス)が到着したのが、サメバ大聖堂の最寄駅であるメトロAvlabari駅前。せっかくなので、キャリーバックをゴロゴロ引いて、金色に輝く大聖堂へ行ってみた。

サメバ大聖堂。メトロAvlabari駅から坂を登って徒歩10分程度。

サメバ大聖堂は、伝統ある歴史的建物と思っていたが、1995年から建設が始まり2004年に完成した新しい大聖堂。南コーカサスでは最大の教会。

サメバ大聖堂は高台にあるのでトビリシの街を展望できる。

この9日前にロープウェイでクラ川を横断して山に登りトビリシ市内を展望したが、今回はクラ川を挟んで前回とは対岸の場所からの展望。

前回ロープウェイで山に登りトビリシ市内を展望した時、このサメバ大聖堂が最も目立っていた。

サメバ大聖堂からメトロで移動して、ホテルにチェックインした後、ホテル近くをお歩きさん。メトロRustaveli M/S駅の隣にある旧ソ連を感じる建物。

メトロRustaveli M/S駅の近くに巨大な自転車のオブジェがあった。

翌日(3/11)、トビリシ空港へ。旅行中にイスラエル・アメリカとイラン戦争が勃発して、中東の空港が閉鎖とかの報道があって覚悟していた。もし飛行機が飛ばなければ陸路でトルコ国内を旅しながらアテネまで行って、そこから帰国する等検討していた。

搭乗するトルコ航空の飛行機は定刻にイスタンブールに向けてフライト。機内から写真のとおり雪のコーカサス山脈の山々がきれいでヤモリがごとく窓に張り付いて景色を見ていた。その後、全て定刻通りでイスタンブールでトランスファーして、ホーチミンへ。ホーチミンからはANAで成田へは翌日(3/12)に到着。

2026年3月10日(火)

アルメニアの首都エレバンからジョージアに行く時、バスターミナルからノアの方舟伝説で有名なアララト山の姿がはっきりと見えた。出発後もアララト山が見えなくなっても国境付近まで美しい山岳風景が続く。

 

ノアの方舟が最終的に漂着したという伝説があるアララト山(写真右)と富士山のような小アララト山(写真左)がはっきり見えた。ジョージアトビリシ行きのキリキアバスターミナルからは建物が邪魔するので、ひとつ前のバス停まで行って撮影。

アララト山は標高5,137m、アルメニアを象徴する山であるが、トルコ領になる。

トビリシ行のマルシェルートカ(旧ソ連の国によくある乗合ミニバス)発車まで時間があるので、キリキアバスターミナルのひつつ先まで移動して撮影。富士山のような小アララト山は3,896m、これもトルコ領になる。

エレバン市内を出てアララト山が見えなくなってから、山を登っていく感じで、しばらく美しい雪山が続く。100km/hもしくはそれ以上のスピードを出してるので、何枚も写真を撮ったが、なかなかうまく撮れない。ある山の上に大きな十字架があった。さすが世界最古のキリスト教国。

本当に空が青く美しい雪山。こういう景色がづっと続いた。

小さな街や集落が途中にある。

エレバンのバスターミナルから約2時間でランチ休憩。レストラン前の道路は全く雪がない。

ランチ休憩中に撮影。

ランチ休憩のレストラン。エレバンで購入していたので、ここでは食べず。1時間程度休憩したのでヒマだった。

ランチ休憩が終わり、少し走行すると雪がなくなった。ここから約2時間で国境で、ジョージアの首都トビリシには国境から約1時間後に到着。