2025年12月3日(水)

秩父市は、埼玉県西部の山々に囲まれた盆地にある街。日本三大曳山祭りのひとつである秩父夜祭が開催される。

 

西武秩父駅から市街地を眺望。いつも一緒にお歩きさんをする学生時代からの友人と待合せして、今回は秩父夜祭を見ることにした。西武秩父駅で待ち合せ。池袋から西武特急で訪れようと思ったが特急は切符が取れなかった。

西武秩父駅。2012年8月に妻と訪れて以来2度目の訪問。駅舎は改装されていて以前とは全く違う。

西武秩父駅の駅前は出店がたくさんありお祭り気分で街が賑わっていて、前回訪れた時とは雰囲気が全く違う。背後の武甲山も以前は石灰石採掘のためハゲ山で削られ感が強かったが、なんとなく緑が多くなったような気がした。

秩父鉄道で熊谷方面から来た友人と合流して夜の祭り見物のため早めの食事。友人は以前、仕事でよく秩父に来ていたとのことで秩父の人気店を案内してくれた。ネギのぶつ切りと豚肉がたっぷり入ったボリュームあるラーメン。1時間程度は並んだ。

食後、秩父夜祭の山車が集結しているという秩父神社へ向かうため秩父鉄道の踏切を横断。土日祝にはSLが運行されるが、夜祭の日なので、平日であるが運行されるようだ。SLは大きな汽笛鳴らすと思うが、祭りに気を取られ汽笛がわからなかった。

秩父夜祭の最終日にあたるメインの日ということもあり、小さな街の参道の商店街は平日にもかかわらず賑わっていた。

 

商店街にあるレトロな煙草屋。現在はCAFEになっている。

これまたレトロな食堂。

山間の小さな街であるがその地域の中心都市らしい活気があり、歩いていて楽しい。昔は日本全国どこでも地域の中心となる街は賑わいがあったが何とか活気を取り戻してほしいと思う。秩父も祭りが終われば寂しくなるんだろうなぁ。

2025年12月2日(火)

東京から東北、信越方面への玄関口である上野からNHK大河ドラマで放映された“べらぼう”ゆかりの地である浅草、吉原を巡って上野まで戻った。

 

浅草六区通りの浅草演芸ホール前。上野から義姉夫婦と4人で歩いて来た。目的地はお笑いではなく通り過ぎただけ。

目的は浅草にある「べらぼう 江戸たいとう 大河ドラマ館」。写真はそこにある「耕書堂」のセット。「べらぼう」を見ていたという義兄のリクエストで訪れた。私達は最初の2回見た程度だったので蔦屋重三郎が運営した「耕書堂」さえ知らなかった。

最初に蔦屋重三郎が「耕書堂」を開業した吉原大門の近くに再現した「江戸新吉原耕書堂」。小さな土産物屋、売店という感じ。「べらぼう 江戸たいとう 大河ドラマ館」の入場者は蔦屋重三郎ゆかりの地を巡る無料バスに乗って来ることができる。

「江戸新吉原耕書堂」がある仲之町通り。近くにはソープランドなどが多数あり、妻や義姉とは普通では歩けないが、NHKで「べらぼう」が放映されたので違和感なく吉原神社、吉原大門など巡り歩いた。

吉原から浅草に戻る時に通った千束通り商店街。“ぺらぼう”ゆかりの地ということをアーケード下に旗を吊ってPRしている。

浅草を経由してかっぱ橋商店街を通って上野方面に向かう。

かっぱ橋は、飲食店関係の道具を扱う問屋街。日本の刃物は外国人にとって人気があるようで、包丁など刃物を扱う店には多くの外国人がいた。写真は飲食店の提灯、幟などを扱う問屋。

かっぱ橋のシンボルのコックさん。

かっぱ橋から御徒町に行きアメ横(写真)を通り上野に戻った。

 

 

2025年12月1日(月)~12月2日(火)

不忍池(東京都台東区上野)は、上野恩賜公園の南側にある周囲2kmの池。ハスで覆われた「蓮池」、ボートを漕ぐ「ボート池」、上野動物園の一部の「鵜の池」の3ゾーンに分かれる。隣の上野恩賜公園の最南端付近ではX'masマーケットが開催されていた。

 

上野恩賜公園で開催されているクリスマスマーケット。義姉夫婦が上京に伴い、上野にホテルを取り、上野恩賜公園を4人でブラブラしていてX’masマーケットを発見。上野でクリスマスマーケットが開催されてることなんて知らなかった。不忍池の入り口付近にある袴腰広場というところ入場無料。

 

翌朝、朝食後、ホテル周辺を一人で約1時間、朝の散歩。まずクリスマスマーケットをしていたところに来てみた。

クリスマスマーケットのところから不忍池の南のハスで覆われた蓮池ゾーンに行った。枯れたハスもこれだけ多いとなかなか見事なもんじゃ。写真左上の建物は不忍池の真ん中付近にある弁天堂。

蓮池のへりを通り弁天堂に向かう途中も紅葉がきれいだった。

 

弁天堂の手水舎。

弁天堂敷地内のお地蔵様。

弁天堂からの蓮池。

弁天堂より北側の鵜池ゾーン、ボート池ゾーンには行かず、蓮池ゾーンを通ってホテルに戻った。

 

 

 


 

2025年11月29日(土)

春日部市庄和地区では、江戸時代後期、繭の豊凶作を占って凧揚げが始まった。以降、男子誕生祝いとして凧も徐々に大きくなった。凧が飾ってある道の駅近くの公園はモミジ、メタセコイヤなどが紅葉する。

 

大凧が飾ってある道の駅庄和。国道4号線沿いであるが、すぐ近くで国道16号線と交わる。クレヨンしんちゃんの作者が春日部出身なのでクレヨンしんちゃんを使ってPRしている。毎年5月3日と5日に大凧あげ祭が開催される。

国道16号線沿いにある原寸大の大凧のモニュメント。この大凧の横から入ったところに庄和総合公園の駐車場がある。

庄和総合公園。道の駅庄和から徒歩10分程度のところにある。

大凧のことは、庄和の道の駅に大凧を飾っているので以前から知っていた。公園については、国道16号線からは防風林のように樹々が植えてあり見えないので、まさかこんな広い公園があるとは思わなかった。池の隣には野球場がありシニア(中学生の硬式野球クラブ)が試合をしていた。

 

広い公園内にはいろいろな樹々が植えられているのでクマなくお歩きさんした。

庄和総合公園内にある庄和体育館。

体育館に映るメタセコイヤの紅葉。

体育館の裏からの紅葉。

庄和総合公園内のテニスコート付近の紅葉。

 

 

 

 

2025年11月24日(月)

つくば市は、研究学園都市であり多くの研究機関がある。1985年に開催された科学万博跡地は、科学万博記念公園として整備され、イチョウ並木の黄葉スポットとして知られる。

 

科学万博記念公園の科学の門。EXPO'85終了後の1988年に建てられた門で、吊り下げられた銀玉を見る方向によりエジソン、ガリレオ、ニュートン、アルキメデスに見えるとのこと。写真の右から見た時、誰かの顔があるのはわかったが、誰の顔かわからなかった。写真正面からはそもそも顔があること自体もわからなかった。

科学万博記念公園の科学の門があるシンボル広場。EXPO’85の跡地の一部が公園として整備されている。黄葉の名所ということで妻とドライブがてら訪れた。遅めのランチをして訪れたのが15時頃だったので、3連休の最後の日だったがほとんど待たずに駐車できた。

科学万博記念公園シンボル広場。なだらかな円形くぼみ広場。イチョウの黄色が鮮やかだったので一周してみた。

シンボル広場。

科学万博記念公園芝生広場のまっすぐなイチョウ並木。シンボル広場の隣にある。

芝生広場のイチョウの絨毯。

芝生広場も1周してみた。

芝生広場を1周してから水辺広場を歩いた。“ぼっちゃん湖”という池には水鳥がたくさんいた。

科学万博記念公園水辺広場も1周。ぼっちゃん湖の周りはイチョウではなく赤い葉だった。夕陽が当たって赤がいっそう鮮やかになった。

科学万博記念公園付近の道路の街路樹も色づいてきれい。道路沿いには国や企業の研究施設がたくさんあり、敷地内にイチョウやモミジなど紅葉、黄葉する樹木が植えてあるが敷地内には入れない。

 

2025年11月18日(火)~11月20日(木)

8つの有人島から構成される宮古諸島には、中心島の宮古島と橋で繋がる伊良部島、来間島、池間島がある。平成の合併により宮古島及び宮古島と橋で繋がる3島と下地島、大神島が宮古島市となった。

 

来間島にある展望台から見た来間大橋と宮古島。雨と強い風で残念な海の色。来間大橋は開通時には農道橋として日本最長だったが、現在は宮古島市の市道となった。

来間島にある展望台から見た来間島の風景。

来間島にある宮古そばを食べるために訪れたら、小さな島なのに行列が発生していて、待ち時間に集落内を散策。

宮古島の北にある池間島のビーチからの池間大橋。写ってないがカメラをもう少し左に向けると大神島がある。

池間大橋の池間島側橋詰にある茶店。黒糖、サトウキビをメインの甘味茶屋だったので、暑かったら黒糖かき氷でも食べたかったが、風が強く、雨も降っていたので、キビの餅を食べた。

宮古島と伊良部島を繋ぐ日本最長の無料の橋“伊良部大橋”。

伊良部島と下地島は幅が40m~100mと狭く、車で走っているといつ島から島へ渡ったと気づかない程です。写真右の橋は伊良部島(右)と向こうの下地島(左)をつなぐ。伊良部島と下地島間に橋は全部で6本ある。

伊良部島にある“日本の渚100選”の佐和田の浜。宮古島の平安名崎のように江戸時代の大津波により大きな岩がサンゴ礁に打ち上げられた。水平線付近に下地島空港の滑走路や進入灯が見える。前回、訪れた時はたまたまパイロットの訓練のタッチアンドゴー (着陸してそのまま離陸する)を2~3回は見た。今回は残念ながらタッチ&ゴーではなく離陸するのを1回見ただけ。

佐良浜漁港周辺。以前は宮古島平良港からフェリーで佐良浜港に着いたが、伊良部大橋が完成後に廃止された。

伊良部島の佐良浜漁港付近にもゴロゴロと巨石がたくさんあるが、これも江戸時代の津波で運ばれてきた。

 

 

2025年11月18日(火)~11月20日(木)

宮古島は、沖縄本島から南西に約300km、台湾まで約320kmに位置する離島。郊外には伊良部島、来間島、池間島と繋がる橋があり、宮古ブルーの海、白い砂浜、サトウキビ畑などが広がる。

 

島の南西で来間島と繋がる来間大橋と前浜ビーチ。ドンヨリとした空と海。空2006年に一人で訪れた時は、まさに宮古ブルーの海で、前浜ビーチの砂が眩しかったことを妻に話し、残念がった。

来間大橋付近のサトウキビ畑の中にポツンとある豆腐料理店で朝食。だし入りゆし豆腐と島豆腐おにぎりを注文。ヘルシーながらも意外と腹いっぱいになった。

朝食した豆腐料理店近くにあったアイドル警察官“まもる君”。交通量の少ないサトウキビ畑の交差点で見守っている。

東平安名崎。島の最東端にある約2kmの岬。崖下のリーフに巨岩がゴロゴロと転がっているが、江戸時代の地震による津波で打ち上げられたものだそうだ。天気が悪く強風のため空も海もドンヨリ。

東平安名崎。リーフに押し寄せる波。

東平安名崎。風が半端なく強く、荒波で沖縄というより冬の日本海。風が強く目にあたり、涙がちょちょ切れる。

2006年、一人旅の時に3泊した民宿があった久松集落。ここには沖縄の伝統的家屋が多く、サトウキビ畑、漁港、宮古島の英雄“久松五勇士”の碑があった。集落がどうなっているか、自分の記憶力がどうなのか確かめたく妻につきあってもらい歩いた。伝統的家屋も少なくなったような気がするし、民宿もなくなったのではないかと思うが、昔の面影は何となく感じられた。

市街地から約4kmのところにある砂山ビーチ。まわりに防風林の中の道を抜けるとビーチがあり絶景の海が広がる沖縄げな景色を期待したが、天気のせいで、青い空、碧い海というわけにはいかなかった。

砂山ビーチに行く途中にあった人頭税石。この石(143cm)より身長が大きくなると人頭税を納めないといけないと言われていた。

市街地から約6kmの宮古島空港ターミナビル内にある貝がらで作られたシーサー。

2025年11月18日(火)~11月20日(木)

宮古島は、沖縄本島から南西に約300km、台湾まで約320kmに位置する離島。伊良部島、来間島、池間島と橋で繋がっている。中心部の平良地区には、宿泊施設、商業施設、飲食店が集中している。

 

夜に到着し、2日目朝、妻とホテルから1kmほどのレンタカーを借りに行く途中の市内の風景。雨で肌寒い。ブルーシールがまだ営業してなかったが、していても食べに行こうという雰囲気にならなかった。

宮古島の11月は晴れが多いということでまだ妻が行ったことなかったので半年以上前に決めていたが3日目も雨。2006年1月に一人で訪れた時は天気が良く海がきれいだった。写真は宮古島に多いMr.KINJOというアパート型ホテル。写真のMr.KINJOではないが、このすぐ近くのMr.KINJOに3泊宿泊した。アパートのようでホテル感はないが、キッチンもあるし、安くて満足。

公設市場。宮古島も観光の島であるが、那覇の牧志公設市場のような賑わいがない。

公設市場から平良港に行く時に見つけたやぎ肉、やぎ汁の自動販売機。量は少なくてもいいからもっと安ければチャレンジしてみたいと思う。

平良港。以前一人で訪れた時は、伊良部大橋がなかったので、伊良部島行きのフェリーがあったが、現在は廃止されていた。

海沿いの通り。奥からホテル、平良港ターミナル、市民劇場。

平良交番前の“宮古島まもる君”。警察官人形は宮古諸島で全21体設置され、宮古島のアイドル的存在となり、ストラップ等土産物屋でも多く見かける。

平良の繁華街。

4日目にようやく少し青空が出た。平良の中心部にあるパイナガマビーチ。ここにいたオジサンがサンゴの死骸で作った文字のようでやたら写真を撮るよう勧めていた。写真を撮ったらえらい満足そうだった。

2025年11月10日(月)~11月11日(火)

釜山広域市は、日本と朝鮮半島を結ぶ交通の要衝であり韓国最大の港町。観光や街の中心は海にほど近いところに集中している。空港、鉄道、バスで他都市から訪れても都市鉄道が6路線あり、繁華街や観光地には都市鉄道で渋滞なく訪れることができる。

 

統営からバスで約1時間30分、高層マンションの下にある釜山西部バスターミナルに到着。

釜山西部バスターミナルから地下鉄沙上駅までは徒歩数分。

釜山西部バスターミナルから徒歩数分の地下鉄2号線沙上駅。また、金海(釜山)空港まで行く金海軽電鉄の乗換駅。

地下鉄2号線沙上駅から15分程度のところにある繁華街のひとつ“西面”。西面は1985年に開通した地下鉄1号線と交わる駅がある。観光客が集まるチャガルチ市場、国際市場など南浦駅は地下鉄1号線で西面駅から約15分。まだ地下鉄が1号線しかなかった頃、何回か通過したことはあったが降りたのは初めて。

西面にあるアワビ粥の店。ホテルが西面だったので朝、お歩きさんした時に行列ができていたので、並んでみることにした。客はほとんどが日本人だった。

右下がアワビ粥。

釜山の繁華街である西面の街並み。釜山にはもうひとつ繁華街が南浦周辺にもある。

金海軽電鉄空港駅から離陸した飛行機を撮影。釜山市街地と空港とが電車で行けるようになって15年は経っているようだが、とても便利。

金海軽電鉄の電車。無人運転で運行されている。

金海空港。金海軽電鉄空港駅の向かいにある。

2025年11月10日(月)

釜山広域市は、韓国最大の港町。港近くの丘にある龍頭山公園には、秀吉の朝鮮進出を阻んだ李舜臣の像が釜山港を見守るよう設置されている。公園の下には観光客が多い繁華街が広がる。

 

韓国最大の水産市場“チャガルチ市場”がある通りの西端付近からカラフルなレインボーの階段が見えたので、大きな通りを横断して訪れた。韓国のいろんな街で見かけたような壁画はあったが少なかった。

レインボーの階段を上りきったところからの眺望。大きな通り(写真下)を横断して少しまっすぐ行き、左を向けばチャガル市場がある通りであり、海産物を扱う店や屋台が立ち並んでいる。

光復路ファッション通り。釜山タワーや李舜臣将軍像がある龍頭山公園へ登り口がある。

李舜臣将軍像と釜山タワーがある龍頭山公園。丘の上にあり、チャガルチ市場と並び釜山港付近の観光スポット。公園の下付近が釜山の中心部であり、釜山で初めての地下鉄路線の駅である南浦駅、チャガルチ駅がある。

地下鉄南浦駅の地上にあるロッテ百貨店。

写真中央の赤いビルは老舗ホテルのコモドホテル。昔は、フェリーの中から屋根付きの赤い色の高層ホテルでやたら目立ったが、今は高層ビルが多いのでどうかな。2~3回宿泊したことがあるが内装は朝鮮伝統的な雰囲気。

地下鉄南浦駅とチャガルチ駅の間にあるアリラン通り。下関市と姉妹都市だったことから、釜山の会社と交流しオフィシャルでもプライベートでも釜山を何度も訪れ、このあたりは何度も歩いたが、整備され案内板やらアート的な物が設置されオシャレな通りになった。“アリラン通り“という名だったことも初めて知った。釜山の友人にも電話(固定)したが、電話番号は変わったようで連絡不能。携帯は当時お互いに持っていなくわからない。残念!

アリラン通りの近くの釜山国際映画祭が開催されるようになってから整備された通り。通りにビートたけしの手形があった。

アリラン通りから少し西に行ったところにある国際通り。このあたりは、昔、世界で有名なブランドバッグ、財布、時計などはいかがとインチキげな日本語で声をかけられる。そして、店の奥とか2階の倉庫みたいなところに通される。今はあまりないのかな。全く声をかけられなかった。

でもなんかインチキげな臭いがするなぁ。