2026年4月1日(水)

若桜町は、中国地方最東端にある山間の街。若桜鉄道若桜駅が国の有形文化財、街並みが重要伝統的建造物群保存地区となっている。

 

国の有形文化財である若桜鉄道若桜駅(写真中央下の赤い屋根の建物)。鳥取市から車で約1時間であるのに妻は鳥取で暮らしていた頃1回も訪れたことがなかったので今回一緒に訪れた。若桜鉄道は郡家駅(鳥取県八頭町)でJR因美線と接続する。若桜駅は終着駅となる。若桜鉄道沿線の23施設が登録有形文化財となっていて鉄道ファンには人気がある。

内部はCAFEがあり、木材がふんだんに使われてめっちゃオシャレ。

ホームもレトロ感満載。列車もオシャレ。

若桜駅には運転体験ができるSLとディーゼル機関車がある。背後の桜とセットでお気に入りの1枚。

若桜鉄道若桜駅の線路沿いにある郵便局前の麒麟獅子ポスト。若桜は因幡地方になるので鳥取市などと同じく麒麟獅子の伝統行事が若桜神社の大祭の時あるようだ。

蔵通り。20の土蔵が約300mも連なっている。1885年(明治18年)の大火を教訓として、家屋の背面に延焼を防ぐための土蔵が作られた。令和になってから(令3年:2021年)重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

同じく重要伝統的建造物群保存地区のカリヤ通り。カリヤ(仮屋)は豪雪地帯特有のヒサシが道路側に飛び出した私道であり、少し残っている。新潟県上越市ではガンギ(雁木)と言われ、青森県黒石市では“こみせ”と言われる。

若桜橋。鳥取と姫路を結ぶ国道29号線とみ若桜宿を接続する橋。昭和初期に架けられた3連アーチのコンクリート橋。

不動院岩屋堂。若桜宿から国道29号線を姫路方面に車で10分程度。同じ鳥取県内の三朝の三徳山投入堂のように崖をくりぬいたところにあり、三徳山投入堂とともに日本三大投入堂のひとつ。もうひとつは、大分県宇佐市の龍岩寺。

不動院岩屋堂の側を流れる川。

2026年4月1日(水)

湯村温泉(兵庫県新温泉町)は、但馬地方の山間部にある。1981年に放映された吉永小百合主演のNHKドラマ“夢千代日記”の舞台となった。

 

山陰のメイン道路、国道9号線から入ったところにある温泉街。ちょうど桜が満開に近かった。

湯村温泉の共同浴場「薬師湯」。鳥取で暮らしていた頃、湯村温泉街が好きでよく訪れていたが、以前あった春来川沿いの荒湯の向かいに行ったら移転して場所も建物も変わっていた。もう移転して18年、2008年に150m程度路地を入ったところに移転。

薬師湯で温泉に入った後、久しぶり妻と温泉街をお歩きさん。薬師湯(写真中央やや左)から春来川を渡ったところに新たに足湯が出来ていた。

足湯から路地を通り温泉街のメインストリートに出たところに夢千代館(夢千代の博物館)があり、その前から撮った温泉街の風景。

春来川。正面の湯けむりが上がっているところが湯村温泉のシンボルの荒湯。

少し荒湯の方に近づいて柳を入れて撮ってみた。荒湯の先には、夢千代を演じた吉永小百合像がある。1981年にNHKで放映され「夢千代日記」とは、広島で胎内被爆し余命宣告を受けた夢千代が鄙びた温泉の置き屋を継いでひたむきに生きていく様を描いたドラマ。

写真左の櫓がある場所が空地になっているところが、かつて薬師湯があったところ。

道路を挟んで向かいが荒湯。荒湯のそばにある店で生卵を購入し、荒湯で茹でた。鳥取で暮らしていた頃、ここで茹でた卵は最高に美味しいと思ったが、今は普通の味で何とも思わない。妻も同じ感想。自分たちの味覚が年齢で変化したのか?それとも温泉自体の質が変化したのか?

荒湯から上流側に次ぎの橋付近に桜があった。

なのでその橋のところに行って桜を撮影。

2026年3月31日(火)

大津は、日本最大の湖“琵琶湖”の南西端に位置する。湖国最大の人口を擁し、県庁所在地である。

 

京阪びわ湖浜大津(旧名:浜大津)駅前を走る京阪電車。京阪は一部が路面区間になっている。

京阪びわ湖浜大津駅近くにあった三井寺名物の力餅本家で休憩。

大津は学生時代にJR沿線の駅で何度か降りたことがあるが、京阪電車で訪れたことがなく、大津では一部路面区間があることを初めて知った。

京阪びわ湖浜大津駅からJR大津駅までの間にある商店街。

京阪電車の路面区間の道路を挟んで対面にもアーケード商店街がある。

高台にあるJR大津駅。

JR大津駅前の“中央大通り”からまっすぐ下ったところが琵琶湖。

滋賀県庁舎。JR大津駅から“中央大通り”を下って東に曲がったところにある。1939年完成。早稲田大学大隈講堂を設計した人が設計した。

旧東海道大津宿。琵琶湖と大津駅との間の東西に走る通りが旧東海道。それらしき雰囲気を感じられる建物が残る。

旧東海道大津宿。

2026年3月31日(火)

大津にある琵琶湖疎水は琵琶湖の水を京都へ流すための水路。その両岸や周辺には桜の名所がある。

 

京阪大津市役所駅前で桜満開の三井寺がある山を背景に撮影した京阪電車。

大津市役所付近から三井寺方面の風景。

大津市役所前を通って徒歩10分程度で三井寺の仁王門。

三井寺の仁王門の下から撮影。

三井寺の仁王門から、この道を2~3分歩いた。

到着したのは琵琶湖疎水。

琵琶湖疎水の両側に桜が植えられ桜の名所。明治時代に京都へ湖水を運ぶため造られた。京都市の山科、蹴上まで疎水船が運行される。

琵琶湖疎水にかかる橋と三井寺がある山の桜。

琵琶湖疎水の上流部(琵琶湖に近い付近)から見ると三井寺が桜に囲まれていることがわかる。

琵琶湖疎水の桜並木が途切れたところから京阪電鉄の線路沿いを京阪浜大津駅に向かって行ったところにある公園の桜。ここは公園と公園の間に京阪電車が走る道路(写真中央下の一時停止、及び一方通行標識のところ)があり、桜の中を走る電車をカメラ小僧やカメラオジサンが狙っていた。

2026年3月28日(土)

都心の桜の中を歩くため東京メトロ霞ヶ関駅から皇居の堀沿いを時計まわりに歩き、大手町付近から逸れて日本橋に行った。

 

前日に続き、いい天気だったので、今日は一人で東京都心に出かけ花見お歩きさん。東京メトロ霞ヶ関駅から赤レンガ造りの法務省の前を通り、桜田壕(写真)から皇居の堀沿い歩きをスタート。

途中、国立劇場の前の桜が満開に近かったので皇居堀沿いから道路を横断したが、また戻り堀沿いを歩き半蔵門前の半蔵濠の桜。

皇居の堀沿いから堀を渡る代官町通り(写真)へ逸れて、千鳥ヶ淵に向かう。

皇居のみではなく東京を代表する花見スポットの千鳥ヶ淵。

千鳥ヶ淵は皇居の堀で唯一ボートに乗れる。

皇居の堀から逸れて日本橋にある日本銀行前の桜並木。

日本銀行の対面にある貨幣博物館が無料なので休憩を兼ねて入館した。

日本銀行前から三越の横を通り首都高の下まで約500m続く桜並木は江戸桜通り。

日本の道路の起点となる日本橋の前に満開に近い1本桜があった。

日本橋から帰るため東京駅方面に向かったら、日本橋高島屋の前にも桜並木があった。

 

2026年3月27日(金)

東京都最南端の区である大田区。区役所があり、交通の要衝で商業施設が多く、区の中心街となる“蒲田”から区内桜名所を歩いた。

 

月1回の定例となった友人とのお歩きさん会。ちょうど桜のシーズンとなったので、今回はJR蒲田駅で待ち合せして、蒲田駅周辺(大田区)の桜名所を巡った。写真は、JR蒲田駅の近くを流れる呑川沿いの桜。蒲田は今までに何度も訪れたことがあるので、この川のことは知っていたがこんなに桜があるとは思ってなかった。まだ2~3分咲きだが何とかきれい。

呑川沿いを歩いて池上本門寺を初めて訪れた。この寺は、日蓮の臨終の地である。五重の塔があり日本情緒がある絵が撮れた。

池上本門寺には、馬場、猪木を育て、日本プロレスの礎を築いた力道山が眠る。

池上本門寺大堂。1945年の空襲で焼けて1964年再建された。

池上本門寺から20~30分歩いて馬込桜並木通りを訪れたら満開までもう少し。

馬込桜並木通り。出店も出ているし、桜は満開に近いし春を感じる。

馬込でランチをしてから3km程度歩き、東急池上線長原駅近くの商店街を通り抜けた。

東急池上線長原駅を抜けて、勝海舟記念館の前を通過したら、この日最後の桜名所の洗足池。ここにはブルーシートを敷いて桜の下で宴をするグループがたくさんいる。

洗足池のほとりを歩いて上記写真の対岸から撮影。

花見の宴のかわりに、お歩きさん反省会を近くセブンイレブンからコーヒーとスィーツを購入して二人で実施。

 

2026年3月10日(火)~3月11日(水)

アルメニアの首都エレバンから帰国便に搭乗のためジョージアの首都トビリシに帰国前日に戻った。まだ歩いてない地区を歩いて翌日、帰国の途に就いた。

 

エレバンからマルシェルートカ(乗合ミニバス)が到着したのが、サメバ大聖堂の最寄駅であるメトロAvlabari駅前。せっかくなので、キャリーバックをゴロゴロ引いて、金色に輝く大聖堂へ行ってみた。

サメバ大聖堂。メトロAvlabari駅から坂を登って徒歩10分程度。

サメバ大聖堂は、伝統ある歴史的建物と思っていたが、1995年から建設が始まり2004年に完成した新しい大聖堂。南コーカサスでは最大の教会。

サメバ大聖堂は高台にあるのでトビリシの街を展望できる。

この9日前にロープウェイでクラ川を横断して山に登りトビリシ市内を展望したが、今回はクラ川を挟んで前回とは対岸の場所からの展望。

前回ロープウェイで山に登りトビリシ市内を展望した時、このサメバ大聖堂が最も目立っていた。

サメバ大聖堂からメトロで移動して、ホテルにチェックインした後、ホテル近くをお歩きさん。メトロRustaveli M/S駅の隣にある旧ソ連を感じる建物。

メトロRustaveli M/S駅の近くに巨大な自転車のオブジェがあった。

翌日(3/11)、トビリシ空港へ。旅行中にイスラエル・アメリカとイラン戦争が勃発して、中東の空港が閉鎖とかの報道があって覚悟していた。もし飛行機が飛ばなければ陸路でトルコ国内を旅しながらアテネまで行って、そこから帰国する等検討していた。

搭乗するトルコ航空の飛行機は定刻にイスタンブールに向けてフライト。機内から写真のとおり雪のコーカサス山脈の山々がきれいでヤモリがごとく窓に張り付いて景色を見ていた。その後、全て定刻通りでイスタンブールでトランスファーして、ホーチミンへ。ホーチミンからはANAで成田へは翌日(3/12)に到着。

2026年3月10日(火)

アルメニアの首都エレバンからジョージアに行く時、バスターミナルからノアの方舟伝説で有名なアララト山の姿がはっきりと見えた。出発後もアララト山が見えなくなっても国境付近まで美しい山岳風景が続く。

 

ノアの方舟が最終的に漂着したという伝説があるアララト山(写真右)と富士山のような小アララト山(写真左)がはっきり見えた。ジョージアトビリシ行きのキリキアバスターミナルからは建物が邪魔するので、ひとつ前のバス停まで行って撮影。

アララト山は標高5,137m、アルメニアを象徴する山であるが、トルコ領になる。

トビリシ行のマルシェルートカ(旧ソ連の国によくある乗合ミニバス)発車まで時間があるので、キリキアバスターミナルのひつつ先まで移動して撮影。富士山のような小アララト山は3,896m、これもトルコ領になる。

エレバン市内を出てアララト山が見えなくなってから、山を登っていく感じで、しばらく美しい雪山が続く。100km/hもしくはそれ以上のスピードを出してるので、何枚も写真を撮ったが、なかなかうまく撮れない。ある山の上に大きな十字架があった。さすが世界最古のキリスト教国。

本当に空が青く美しい雪山。こういう景色がづっと続いた。

小さな街や集落が途中にある。

エレバンのバスターミナルから約2時間でランチ休憩。レストラン前の道路は全く雪がない。

ランチ休憩中に撮影。

ランチ休憩のレストラン。エレバンで購入していたので、ここでは食べず。1時間程度休憩したのでヒマだった。

ランチ休憩が終わり、少し走行すると雪がなくなった。ここから約2時間で国境で、ジョージアの首都トビリシには国境から約1時間後に到着。

 

2026年3月9日(月)

アルメニアの首都エレバン中心部から約30kmのところにある「ゲガルド修道院とアザト川上流域」という世界遺産がある。

 

エレバンのバスステーションから終点のゴグド村で降りたところ。ここから世界遺産のゲガルド修道院まで約6km。そしてバスがないということは事前に調査済。6kmなら歩ける距離。が、エレバンには全く雪がなかったので、雪は想定外。

終点で降りたのは私一人。せっかく来たのだから雪の中を一人トボトボと歩いていたら2~300mも行かないうちに、車が私ところで停まり、乗っていけとドアを開けてくれた。彼は修道院までの道の途中までに用事があったわけではなく、雪が積もる山の中を一人歩いてるのを見かねてワザワザ乗せてくれたようだ。メッチャありがたかった。

世界遺産のゲガルド修道院。訪れている人は誰もいない。雪かきしていた人を一人見かけただけ。アルメニアで最も古い教会であり洞窟修道院とも呼ばれ、岩盤を彫って造られた部分が多くある。

帰りはゴグド村に向けて一人トボトボ歩いていたら、若いお兄さんが私の横で停まってくれ乗せてもらった。行く時も、帰る時も私から手を挙げたりしてヒッチハイクしたわけではない。親切心で乗せてくれている。

ゴグド村から5000mを越えるアララト山が見えた。写真には写ってないが富士山に似た小アララト山も見える。

ゴグド村から約5kmのところにあるガルニ村。アザト川上流域にあるガルニ渓谷の上にある。

ガルニ村にあるガルニ神殿。アザト川上流域にある世界遺産の神殿。1世紀に創建された。

ガルニ神殿の横からアザト渓谷へ降りてみた。写真左にガルニ村の建物が見える。誰も降りる人はいなかったので不安になったが、たいして危険な道ではないし、せっかく来たので、一人トボトボ降りた。

アザト川上流にあるアザト渓谷を2時間程度一人でハイキング。朝と違い天気もよくすがすがしい。天気も写真左のような豊岡の玄武洞のスケールを大きくした柱状節理がたくさんある。

渓谷沿いを一人歩いて唯一、出会った人は馬に乗っていた。

2026年3月7日(土)~3月8日(日)

ギョムリは、世界最古のキリスト教国アルメニアで第二の約11〜12万の人口を擁する都市。黒い石造の建物が多く“黒い街”と言われる。

 

ギョムリ駅。首都エレバンの北西約120km、列車で約3時間程度かかった。標高1500mの高地にある街なので積雪があり、気温もエレバンと比べたら寒い。

今冬こんな多くの積雪を初めて見て、雪の中を歩きたくなったので駅から約2kmをトボトボ歩いてホテルまで行った。

宿泊したホテルがある中心街。重厚な黒い石でできた街並み。ホテルも黒い石造りだった。

荷物を預かってもらいギョムリ中心部のヴァルダナンツ広場に面したレストランでランチ。

ヴァルダナンツ広場の南側に面している聖救世主教会。黒を基調にオレンジのフチどりがしてある。

ヴァルダナンツ広場の北側にも重厚な黒い教会“聖母大聖堂”がある。

ヴァルダナンツ広場横の坂にカオスなマーケットが並ぶ。

高層ビルなどないこじんまりして、重厚で黒い街のいろいろな通りをお歩きさんしていて撮れたベストショット。

翌朝、寒くてキーンとした中、前日歩いていない通りを朝の散歩中見つけたカラフルな巣箱。巣箱をアートして木にくくりつけているだけと思われる。鳥は見かけなかった。

翌朝の朝の散歩。いい天気になって少し暖かくなってきた。