16
次の日、大野は店にいた。
どうするか…?
今日は、閉めるか。
さっき、二宮から休むと連絡があった。
次にみわからも休むと連絡があった。
誰も来なければ店も開けない。
大野が悩んでいると、えりかが来た。
「おはよう。どうしたの?パン…焼いてないの?」
「あ、うん。今日はこれだけ。」
「あれ?他のみんなは?」
「うん。休みだって。」
「…そっか…」
「今日は、臨時休業にしようか?」
「…いいの?」
「二人がいないんじゃ仕方ないし。」
「そうだね…」
えりかは昨日の事がずっと引っかかっていた。
智くんの本当の好きな人は私じゃない。
あの時、見せてくれた笑顔も差し伸べてくれた手も、今は二宮くんに向いている。
出会ってからずっと見てきたから。
何を思って、誰を見てるのか…
分かるんだ。
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5年前―
それは、会社の飲み会の帰りだった。
帰る方向が同じだった二人は帰り道並んで歩いた。
「俺ね、パン屋をやることが夢なんだ」
「えっ?!そうなの?」
「そのためにずっと勉強してるんだ。」
「へぇー。そっかぁ。びっくりした。」
「なんで?」
「私も…なの。いつか自分だけのお店が持てたらな…って。」
「そうなの?!じゃあ、一緒にやろう!パン屋!」
大野はえりかの手を取ってそう言った。
「えっ?!ちょっと、大野さん?」
「あ、ごめん。」
大野はパッと手を離した。
「いいよ。」
「へ?」
「手、繋ごう。」ニコッと笑って手を差し出したえりかが可愛くて大野は思わず抱きしめた。
「付き合ってもらえる?俺と。」
大野は抱きしめながらそう言った。
えりかは、コクンと頷いた。
「本当に?!」
大野は嬉しくてえりかの肩を掴んで瞳を見つめた。
「ふふ、うん。」
二人は見つめあって笑った。
「私、ずっと大野さんの事が気になってたんだ。だから嬉しい。」
「良かった。俺も…ずっと見てたんだ。」
二人は手を繋いで歩いた。
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あの時に戻りたい。
二人で一緒にパン屋をやろうってずっと頑張って来たのに。
まさか、男の子に気持ちを取られるなんてね。
えりかは、大野の背中に向かって「智くん、別れよっか…」そう言った。
大野は、びっくりして振り返ってえりかを見た。
「どうしたの?急に?」
「私、そんなに鈍感じゃないよ?智くんが私だけを見てないって気付いちゃったから…」
「えっ?」
「ちゃんと気付いてた。」
「どうして?気付かないふりも出来たんじゃない?」
「気付かないふり…して欲しかった?」
大野は首を横に振った。
「分からない…自分の気持ちが…」
えりかは自分の頬から伝う涙を手で拭った。
「気付いちゃったんだから、もう隠さなくてもいいよ。」
「俺…でも…」
「ごめん、パン屋は辞めないよ。」
えりかは、大野に笑顔を見せた。
頬から伝う涙を手で拭いながら大野に笑顔を向けた。
「しばらく…店閉めよう…」
「ダメだよ。智くん。それはダメ。待ってるお客さんだっているんだよ?」
「だけど…」
「私なら大丈夫だから。」
「分かった。」
大野はそう言うとえりかに近付きそっと抱きしめた。
「ごめん…約束したのにな。」
えりかはその言葉を聞いて涙を抑えることが出来なかった。
約束したのに…
智くんとずっとずっと一緒にいるって。
何があっても…
どんな試験も乗り越えるって。
ダメだった。
やっぱり、気付かないふりしてれば良かった…
どうして乗り越えられなかったんだろう。
どうして…
気付かないふり、してくれなかったんだ。
約束したのにな。
ずっと一緒にいるって、あの時の自分の気持ちは決して嘘ではなかったのに。
続く