7『偽りの言葉』
朝、カズが起きるとユウコの姿はなかった。
やべっ…
俺、寝ちゃったんだ。
カズには毛布が掛けられていた。
ユウコのやつ、また走りに行ったかな。
カズはソファーから起き上がるとキッチンへ行き冷蔵庫からペットボトルの水を出した。
その水を一口飲むと、再びリビングに行きソファーに座った。
カズは昨日ユウコが言っていた事を思い出していた。
結婚…の約束…
そんな事をユウコは言っていたっけ…。
だけどあれは、夢だったのかな?
お酒を飲んでいたし、眠くなっていたので記憶が曖昧だ。
記憶の中でユウコが泣いていたような気がした。
あれも、夢だったのかな?
カズは、微かな記憶の中でユウコが「カズ、好きだよ…」と言っていたのを思い出した。
俺もユウコが好きだ。
だけど気持ちとはうらはらに自分がアイドルである事によって恋愛に躊躇する部分もあった。
ずっとユウコを好きでいたとして、その先に幸せがあるわけではない。
結婚とか、いろんな事が自由に出来ない苦しみ。
ユウコに好きだと告げたらいけない気がした。
だからってこのままでいいのか…。
恋人なのか、分からないままの曖昧な関係。
唇を重ねるだけの関係。
それでもユウコにはきちんと伝えなきゃいけない…。
その時、ユウコが帰って来た。
「お帰り」
カズがソファーから振り返った。
「あっ、カズ起きてたんだ」
「うん…」
ユウコは、何となくカズが元気がない気がして、隣へ座って声をかけた。
「どうしたの?」
「ん?」カズは優しくユウコを見つめた。
「なんか…疲れてる?」
「いや…大丈夫。」カズはふっと小さく微笑んだ。
「そう?」
ユウコは心配そうにカズを見つめた。
「そっちこそ、大丈夫?」
そう言ってカズは、ペットボトルの水をユウコに渡した。
「えっ?」
「昨日さ…」
そう言いながら、カズはソファーから立ち上がってベランダの窓のカーテンを少し開けた。
朝の光が部屋に入ってくる。
「昨日?」
ユウコは、昨日自分が泣いていた事を思い出した。
カズはカーテンを半分開けて振り返った。
「何でもない…」
まだ、伝えるべきではない、そんな気がした。
ユウコは、昨日自分が泣いていたのをカズは知っていたんだ、そう思った。
二人の間にぎこちない沈黙が走る。
「私たち、会うのやめようか?」
「……」
思ってもみない言葉が口をついて出てきた。
「なんか、曖昧で…いつまでもこんな関係おかしいよ。カズはアイドルなんだし、私なんかと会ってて…いつかバレたら大変だし、だからもうやめよ。」
「うん…そうだな…。もうやめようか…。」
カズもまた、偽りの言葉が口をついて出てくる。
「俺、帰るよ…」
そう言ってカズは、玄関まで静かに歩いて行った。
ユウコは、カズを見る事はなく静かにソファーに座ったままだった。
続く