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私は智くんの方をしっかり向いて、ちゃんと顔を見た。
近くで見るのはこれが最後かもしれない。
『智くん、ごめんね。』
『えっ?なに?』
『私、やっぱりこの絵を見に来ることは出来ない。』
智くんは、一瞬何を言われているのか分からないと言う顔をして私を見た。
『えっと、やっぱり気に入らない?』
『ううん、そうじゃなくて。』私は首を横に振った。
『なんで?』
智くんは、私の両肩を掴んで私の顔を覗き込んだ。
もう、どうやって伝えたらいいのか分からなくなって私は黙ってしまった。
『ごめん。智くん。』そう言うのが精一杯でもう智くんの顔を見る事さえ出来なかった。
『もう会えないって事?かな?』
私は小さく頷いた。
彼は私の両肩から手を離すと部屋から出て行ってしまった。
しばらくして私も、部屋から出るとリビングを覗いた。
智くん?
あれ?いない。
私はさらにリビングの奥へと入って行った。
智くん?
リビングの大きな窓が開いていた。
ベランダの手すりに両腕を乗せて外を眺めている彼の姿が見えた。
もうすっかり日が暮れかけて空が茜色になっていた。
それに反射してか、彼が眩しかった。
『智くん?』私が呼びかけると私に背中を向けたまま『トモちゃん?』そう私を呼んだ。
『なに?』
『最後になるなら言っておきたいなと思って。』
『うん。。』
私は何を言われるのかとドキっとした。
背中を向けたままの智くんは振り向くことなく私に言った。
『あのさ、俺はまた会いたい。ずっと会いたい。会えなくなるのは嫌なんだ。』
私は智くんからそんな言葉が出てくるとは思ってもみなくて、彼の背中を見つめたまま、その場から動けなかった。
ベランダの手すりに両腕を置いたまま智くんは空を見上げていた。何かを考えているようだった。
やっぱり好きだと言おうか、そう気持ちが揺らいだ時、彼が『言いたかった事はそれだけ。もう会えないってトモちゃんが決めた事なら…今までありがとう。』そう言って私の方に振り返った。
私は返す言葉が見つからないまま彼に微笑みを返していた。
そしてそのまま智くんの部屋から出ると、マンションから出て歩き出した。