【グログ戦記】第一部

 序章 星たちの群像016

・フェンの視点(2)・

僕の[魔眼]覚醒時に発生した黒煙の様な[虚火(ウロビ)]が,地下迷宮の[叡智]に反応したのか,次元に[洞]を穿(ウガ)ち,低級の魔獣が大森林地帯に何体も現れ,魔族血統の御三家と云われる,トレト家,エルドラ家,ラドクリフ家の[覚醒者]たちは,[教王庁]の命令に寄り招集され…大森林地帯に向かった,筆頭は魔導史初の[九祖魔眼]覚醒者,エルドラ家の嫡男[下位三眼]の[火眼(カガン)]のパレイと,その母,[風属性魔術]のスレフ、ラドクリフ家からは,[火属性魔術]の父·フレムと,僕,[冥眼]のフェン、トレト家からは[新覚種]の少女[夢属性幻術]のアーシュと,その伯父[地属性魔術]のロテスだった…[新覚種]とは,既存の魔法知識には無い新たな覚醒者で有った…その為,[魔眼]覚醒者と同様に[不確定要素]とされ監視役が居た…エルドラ家,パレイの監視役も,トレト家,アーシュの監視役も,温厚な錬金術師だった…その為か「魔獣討伐に8歳の子供を駆り出すなど,[教王庁]は何を考えて居るんだ!」と,憤慨する僕の監視役で獣人のメルキアの言葉に少し驚いていた…僕は,この時初めて,獣人の監視役が珍しいのだと知った…そして僕と同い年のアーシュの妖精の様な美しさに息を呑んだ…[火眼]のパレイ·エルドラは,年上で15歳の鮮やかなオレンジ色の瞳で勇ましい青年だった…低級魔獣とは言えど,実戦経験の無い僕とアーシュは,トレト家のロテスと共に後衛に回り,前衛を父フレムとエルドラ家の二人に任せる事に成った…知性の無い低級魔獣は連携する事は無いだろう…と,考えられたからだ…しかし実際に全長2m以上の魔獣と対峙すれば作戦などを理性的に考える余裕など,恐怖を前に消し飛んでしまう…魔獣の奇声を発し威嚇する姿に震えるばかりだった…監視役は戦場に出る必要は無かったが,メルキアは僕とアーシュに付き添ってくれた…前衛の[火眼]のパレイは,魔獣を何体も焼き尽くし,魔眼のチカラを充分に発揮した活躍を見せるカタチで1日目は夜を迎えた…魔獣のチカラの根源は,穿たれた次元の洞を供給源としている為,洞を塞ぐ必要があったが,穢素を流用している攻撃魔術が基本な為,陽素を流用する復元魔法の知識は,まだ僕には解らなかった…その為,2日目はエルドラ家を前衛に,ラドクリフ家が後衛と成り,洞を塞ぐ役目をトレト家に任せる事に成った…アーシュの幻術で洞を囲んで,前衛が魔獣の気を反らせて居る間に,ロテスの復元魔法で洞を塞ぐ作戦だった…だが,忽然と現れた[魔人]に寄ってロテスは胸を貫かれ,瀕死の状態と成って居る事を,後衛まで駆け付けた監視役に知らされた父がロテスに代わって復元魔法で洞を防ぐ為にアーシュの元へ向かった…僕の監視役のメルキアは[魔人]と対戦している様だった…後衛でたった1人に成った僕の元へ前衛を突破した魔獣が1体現れた時,僕は[虚火]の使い方を初めて知った…前日に見たパレイを真似て居たのかも知れないが,小さな黒煙の様な炎が一瞬にして目の前の魔獣を焼失させた…巨大で威圧感に満ちた魔獣は黒い灰と化してボロボロと崩れる様に死滅していったが,同時にその場の空間が歪むほどの[虚火]の威力に自分のチカラが恐ろしく成った…元々,仮説として聞かされて居た,洞を穿ったのは僕の[冥眼]の[虚火]だ…と,それが目の前で現実として起こり始めて居る…歪んだ空間が渦を巻き[洞]が生まれようとしていた…これは全て僕のせいなのだろうか?…得体の知れない僕のチカラが,アーシュの伯父ロテスの生命を奪おうとしているのだろうか?…やはり周囲の人間や神学者が言う様に,魔導とは,ヒトの法から外れた悪しきモノなのだろうか…そこに思考を留めて居る場合では無い…全ては目の前で動き続ける現実なんだ…僕が起こした事なら,僕が何とかするしか無い…そう思えた事で,魔眼の新たなチカラを引き出せたのか?…それは[最悪の奇跡]と成った事を,この時の僕は知り得るハズも無かった…僕自身の後ろで蠢いていた影が自然と起き上がり,影が僕自身を覆い始めた…まるで実態の無い強固な鎧の様に,影が完全な防御力を示して,足元に伸びているハズの自身の影は完全に消えていた…自分自身に起こった事柄が何なのかは全く解らないまま…未知のチカラが溢れ出すのを感じて,"何か"の激しい憎悪の様な衝動のままに僕は叫びながら前衛の数体の魔獣に向かって走り出していた…,…そこで記憶は途切れてしまった…そして僕は[黒い海]に沈んだ…冥い水の中を漂いながら,底も見えない影の中を只々沈んでいた…遠い何処かで遺跡に刻まれていた文字の様な無数の紋様が幽(カス)かに蠢いていた…やがて思念の様に全体に響き渡る音が,深い闇の奥から這い出る様に近づいて来る…自己の存在など取るに足らない様に思えるほどの膨大な"何か"に呑み込まれてゆく…成す術も何も無い無力感と,冥く巨大な何かの中に溶ける様に,粉々に散ってゆく自分を感じながら…やがて僕は消滅してゆく意識を手繰り寄せようと,もはや有るか無きかの手を伸ばし始めている……時間の間隔も無い中でどれほど時が過ぎたのか…何時しか伸ばした手に温かさを感じていた…このまま世界に厄災を招く様な忌わしい[魔眼]のチカラと共に消滅する方が良い…と思いながらも,どうしようも無く温かさを求める方へ心は流れてゆく…そうして伸ばした手を何かが強く握り返す感触に,粉々に散っていた意識は再び僕のカタチを取り戻してゆく…誰かの声が僕の名を呼んでいる…メルキアだった…目を開くと「フェン!君,独りで背負う必要は無いんだ!」と,僕に語り掛けながらメルキアが,その狼な顔つきの優しい眼で僕を見つめてくれて居る…手はアーシュが握りしめてくれて居た…温もりはアーシュのモノだった…目を開いた僕を見ながらアーシュは安堵の涙を流してくれて居た…僕は,その涙が世界で1番美しい輝きだと思った…後で知った事だが,二人は危険をかえりみず,深い影に覆われた僕を,その闇から引き戻してくれたのだった…僕を覆った深い影は,古代の遺跡に反応して,洞を広げ,森林地帯に黒い雨を降らせて居た…それは[最悪の奇跡]とも云われる厄災の1つだった…



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