三巴萌-mitsutomoe

case01/巴乃(トモノ)01

見ると,何も無いのに…緑色の文字が閉じた目蓋に浮かんでは消えた…あの人の文章を真似ても何も無い事は解っているし…あの人の才能も,もう燃え尽きたんだろう事も解っている…

僅な世界があの人を求めても,あの人が期待に応えるなんて事は,もう不可能なのだろう…私に才能が有れば…と何度も思ったけど…私にはあの人を支えるチカラなんて無い事は…もう解っているんだ…あの人も,私なんか求めてもいない…あの人が帰って来るのかも判らない家を,何となく守っているだけ…志田が「巴乃(トモノ)」って名前で読んでくれたのは,ほんの短い間だけだった……

高校を卒業して,進学にも失敗した働く意欲も無いバカな私は…実家でダラダラしていた頃,大学生活を楽しんでいる旧友に誘われて,劇団ヘルニアマッチョの[初恋ゾンビ]を見て,何だか解らない感動を憶えた…滑舌の良い大声が続いて…気付けば舞台の中の世界に没入していた…それが志田時々を知るキッカケに成った…[初恋の同級生がゾンビに成っても愛おしくてゾンビハンターから,「俺は只,千得(チエル)を守り続ける!」って言う主人公が愛おしくて…]、不覚にもハマった…こんな純粋な[無償の愛]を絵描くヒトに会ってみたい!と,思ったのだ……,そして,それは,突然に訪れた…

[劇団ヘルニアマッチョ新人劇団員オーディション]…そこで,審査員特別賞を受けて,研修生として,あの人の側に辿り着いた……までは良かったのだ…

志田時々と云う男は,兎に角,女にダラシなかった…下半身は別人格と言える…[劇団員に手を出す色ボケ]との噂も有った…でも当時の私は紳士的に(旧姓の)「篠永さん」と呼んでくれる志田に真っ直ぐ好意を持って居た…もしあの頃の私に戻れるなら,私は,[あの想い]を,もっと上手く育てて行けたのかも知れない…でも今でも後悔のように[失くした想い]にダラダラと執着している私は,時を戻せたとしても同じ愚行を繰り返すようにも思える…タラレバだ…志田に妊娠を告げた日に全ては壊れたのかも知れない…1度だけと決めて中絶しても,只 志田の側に居続けた結果としての結婚で,それは志田のメディアを利用した[イイ人]アピールでしか無いで有ろう事も解っているほど冷めた結婚だったのだ…只ただ盲目的に目の前の事柄を受け入れるように成ってしまった自分自身に…何よりもずっと変わらない愛を少なからず信じた,あの頃の[想い]に…気がつけば「ごめんなさい…」と言っていた…志田が帰って来なく成った家の中で私は大声をあげて泣いた…翌朝,洗濯物がどしゃ降りの雨に濡れて居るのを部屋の中で眺めながら込み上げる笑いを雨音に溶かすように解放した…私は私をやり直す事にした…訂正すべき点は,解ったフリを続けた事で有り,恐らく浅はかで有ると思われる事を避けようとして生きてしまったからだ…誰にアホと思われようと,軽々しくバカにされようと…それは他人の勝手で有って,放っとけば良い問題だ…何で軽々しく人をバカに出来る愚民に合わせて生きてやらなければ行けないのか?開き直ってやるんだ…他人ごときに解って貰う必要は無いのだ…と、そう思ってからは,世界が急激に色鮮やかに成って行った…

誰かが絡んでくる世界では無い…

私が構ってあげる世界なんだ…

「仕事に出たいの…」と志田に言ってみた…「いいよ!何でも自由だよ!」なんて最大の理解者で有るかのように志田は答えた…只の自身の身勝手への免罪符として,私を解放するだけのクセに…そして…仕事は直ぐに見つかり,直ぐに馴れた…現場の男の大半は下品で,下ネタで女性の全てが喜ぶとか,世間の厳しさを教える,とでも言いたげな低脳なクソだらけだった…男は所詮,休憩の度に博打の話で喜ぶ生き物で,下狂いのバカしか居ないと思って居たら,周囲の反応に敏感なクセに,それだけでクタクタで周囲に対して無表情で,ムダに無愛想な青年が居た…それが木崎くんだった…不器用ながら周囲に合わせようとしながら,無愛想が故に誤解され易い,典型的な人生損しているタイプに見えた…フっと自ら敵を増やしているような姿が[初恋ゾンビ]の主人公と重なって居た…そんな木崎くんに興味が沸いた…仕事ぶりは真面目で正確で勘も良いのに,どこかで周囲の反応ばかり気にしながら控え目にコツコツ進める感じが不器用を絵に描いたように見えた…そして変な気疲れを起こす様子に少し笑えた…職場の男たちには少ない,私と同じ少数派な人間の匂いがした…要領が良いだけの人間なんかには興味は無い…一発逆転の人生を神様が用意してくれて居るだの期待している訳では無い…誰が見ていても見ていなくても変わらない自分で居たいだけだ…心にも無い誰かの陰口を他人と一緒に成ってベラベラ垂れ流して,共犯関係を増やす事に,何の意味も見出だせ無いだけだ…それを人生と履き違えて居る人間とは関わりたく無いだけだ…少なくとも木崎くんは,そんな種類の人間では無いと思えた…



    case01/ に つづく