さて、ロサンゼルスでラッパーのタイラー・ザ・クリエイターに出会い、西海岸のヒップホップはニューヨークのヒップホップとはだいぶ違うということがわかった。東海岸の人々は保守的で常識的、西海岸はイカレていて急進的というイメージがあったが、ヒップホップにも背景にそんな風が吹いているのを感じる。
少し南下してみようかと思う。カリフォルニア半島のほうへ。
学生のころ地理はさぼってたし基本アメリカ大陸に興味のなかった私は、カリフォルニア半島=アメリカ合衆国のカリフォルニア州だとずっと思っていて、あるときそれは違うということを何かのきっかけで知ったのだが、しばらくするとまた忘れてしまっていて、なんとなくカリフォルニア半島=カリフォルニア州の一部だとまた思い込んでしまっていた。こんなこと言うと、バカの書いているブログは見たくないと思われて読む人がいなくなるかもしれないけど。
そうです。みんな知っていると思うけれど、カリフォルニア半島は付け根のあたりを除いてアメリカ合衆国ではない。どこだっけ。メキシコだ。メキシコとの国境のある町はサンディエゴ。とりあえずそこまで行ってみよう。
「おとたび」のたましひは西海岸を南下した。サンディエゴに近づくと、海岸沿いをギターのような楽器や動物のアゴの骨を持った人びとが国境に向かって歩いていた。会話を盗み聞きすると、今日は「国境のファンダンゴ」というお祭りがあるらしい。
これからメキシコのほうへ行こうとしているのだから、メキシコの音楽のことを少しは知っておきたい。
メキシコには「マリアッチ」という伝統音楽がある。ユネスコの無形文化遺産にも登録されている。そのほかに「ソン・ハローチョ」という音楽もある。「タワーレコーズ・オンライン」の記事によると、「ソン・ハローチョ」のほうが歴史が長く、18世紀後半から300年以上も続いている。詳しい説明はタワーレコードの記事を引用しよう。
「スペイン侵略後にアフリカからキューバなどのカリブ経由でメキシコに連れてこられた移民たちや、先住民たちが荘園での労働の合間に息抜きのために奏で、ブルースのように不条理な世に対する抵抗歌が起源とされているもの。ヨーロッパ伝来の楽器や、旋律とアフロ・カリブのリズム、先住民言語を織り交ぜた歌詞や唱法によって演奏される音楽です。ハラーナやレキントという木製の小型ギターのような複数の弦楽器を中心に、タリマという木の台を踊りながら踏み鳴らしてパーカッションの役割を果たすサパテアードや、馬やロバの顎の骨をパーカッションにしたキハーダという楽器が入り、即興を交えた独特な歌が加わります。ソン・ハローチョでもっとも重要なのが、歌と演奏と踊りのジャム・セッション=ファンダンゴ。楽器を持ち寄って演奏したり、歌や踊りで誰でもその祝宴の輪に参加できます…」(「長屋美保のハポチランガ・クロニクル」より)
これでだいたいわかった。長屋美保さん、ありがとう。ファンダンゴはメキシコの音楽「ソン・ハローチョ」のジャム・セッションなんだ。スペインにもファンダンゴという踊りがあるけれど、メキシコのファンダンゴはそれとは別にアフリカから連れてこられた黒人や先住民たちの音楽もとりこんで独自に発展してきたらしい。海岸沿いに歩いている人が持っていた小型ギターは、ハラーナ、レキント。骨みたいな楽器はキハーダというのだ。国境付近でそのジャムセッションが行われるのだろう。
しかし、なぜ、国境でやるのか。それは日本語で検索してもくわしい事情を知ることができなかったが、「Fandango at the Wall」というドキュメンタリー映画がアメリカとメキシコで最近作られたことを知った。その公式サイトに、アメリカ合衆国とメキシコのあいだにできてしまったさまざまな障壁を音楽によってなくすこと、それが国境で行うファンダンゴの目的だと書かれていた。
「国境のファンダンゴ」は2008年に始まり、国境の両側で、つまりアメリカ合衆国のサン・ディエゴとメキシコのティフアナのあいだの国境をはさんでソン・ハローチョを演奏する。しかし「音楽の壁」をとりのぞくために、ジャズやクラシックの演奏家も招き、一緒に演奏することもある。
動画は、初めて「国境のファンダンゴ」が開催された2008年の短い映像。parte1とparte2に分かれている。そのころのデジカメは短時間しか動画が撮れなかったのかもしれない。しかし国境の柵の向こうで演奏したり踊ったりしている人がよく見え、鉄柵のあいだに指を入れている人がいたりする。近年の映像もみつかったが、あいだの壁が高くなり、厚く二重になって視界が遮られ、向こう側のようすがよくわからない。
「ファンダンゴ」はより一層高く厚くなった壁に挑まなければならなくなったわけだ。しかし「ファンダンゴ」に参加する人びとの心の火はいっそう熱く燃えているようだ。
「Fandango at the Wall」は本にもなっているし、サウンドトラックも出ている。映画が日本で観られるようになったら観てみたいと思った。