「おとたび」のたましひは泥沼から這い上がって、堕天使の姿をしたビリー・アイリッシュが去っていった火事の森と反対側の、街の灯りのみえる南のほうへ向かった(たましひなので濡れてもいなければ怪我もしていなかった)。
 だいぶ歩くと、東京ドームのような形の建物が見えた。屋根に「ステイプルズ・センター」という看板がある。「おとたび」のたましひは中へ入ってみることにした。2万人ほど入る大きな劇場は満員で、舞台の上で火が燃えていた。そして、白髪のおかっぱの男の子たちが狂乱したように踊っていた。
「おとたび」のたましひはゆるやかなスロープになっている客席のあいだの通路に立って隅っこにすわっている上品そうな老婦人の膝の上に置いてあるプログラムをのぞきこんだ。今日は2020年のグラミー賞ライブで、火事になった舞台で踊っているのは「タイラー・ザ・クリエイター」というラッパーとその仲間たちだということがわかった。