東京の人間は冷たい、と言われることが、大阪では多々ある。私は、大阪生まれ大阪育ち。根っからの浪速っ子であるが、最近、私はどちらかというと東京の人間に近いと感じる。私は東京の人間とかかわりを持つことは少ないのだが、「冷たい」という言葉が、なんとなく感覚としてわかる気がするのだ。人間には、それぞれ自分の世界というものがある。それは基本的人権に含まれるものであり、侵すことはできない。しかし、大阪の人間は、たいてい人柄がいい。それは素晴らしいことであり、それが大阪の良さだと私も思う。しかし、親切すぎて逆に迷惑となることだってある。それが、いわゆる「過干渉」である。一方、東京の人間は一切干渉しない。干渉のしなさすぎもどうかと思うが、私は後者のほうがありがたい。人は人、自分は自分、と割り切って、他人にはあまり干渉しない。ちょっとならいいかな。結局、人間嫌いなのだ。同言い訳しても、どう取り繕っても、結局は。
先日、こんなことがあった。友人に遊びに誘われたのだが、私は用事があるので断った。すると、その友人は、その用事について詳しく聞いてくるのだ。私は、「ちょっとね。」と言ったのだが、それでもなおしつこく聞いてくる。私は仕方なくすべてを話したが、「なんでそんなことまで話さなければならないんだ」と思った。ふつう、「ちょっとね」と言われたら、それ以上詮索するのを止めるというのがマナーなのではないか。大阪の人間からすれば変なのかもしれないが、私に言わせてみれば、他人の私生活になんて興味はないし、自分の私生活を覗かれることなんてトイレを覗かれるのと同じだ。吐き気がするほど嫌いだ。完全なるプライバシーの侵害だと思っている。
日本人は、ほんとうに素晴らしい民族だ。他人のことをいたわり、思いやることができる。しかし、それは時に迷惑につながることがある。心の狭い人間と思われるかもしれないが、これからの日本人には、『干渉しすぎずに』相手を思いやることに努めていってほしい。
