ほえ?


いきなり抱きしめられた少尉の腕の中。


あまりのことで、

目をぱちくりとさせる。



「少尉?」



俺の戸惑いをわかりつつも

少尉が俺を抱きしめながら話し続ける。



「私もお前に会うのが楽しかったんだ。

一番最初に会った時から、

お前に惹きつけられてた。


正直、

この頃は許婚(いいなづけ)の挨拶なんて

名目だけで

お前に会いたくて北川の家まで通ってたしな。



だから、

お前が男だと知って、

びっくりしたけど、


一番は、

お前が景子様と恋仲なのかと思って、

頭がぐらぐら煮えくりかえりそうになった。



良かった。

雅紀。

お前が、そうでなくて。」





「え?

でも。少尉。

俺、男だけどいいの?」






あまりのことで

目をぱちくりしながら、

少尉に答える。






「まぁ数十年前には、

鶏姦罪などいう法律があったとは聞くが、

今の御代において、

男色などどごぞでも見られるものであろう? 


軍や学生寮、

ましてや

お前の歌舞伎の世界でも多いと聞くぞ。





それよりも、

俺はお前、雅紀だから、

心を引き寄せられたのだ。


こんな真っ直ぐに俺に戦いを挑んでくるやつ。

どこを探してもいないぞ。


雅紀。

これからも俺のそばにいて

俺と一緒にいてくれないか?」






「少尉!」


「こら、雅紀。

これからは少尉ではなく、

潤と呼べ。」




「潤!」




目の前が急に涙でうるうるになって、

潤の綺麗な顔も歪み始めた俺に、

潤の顔がゆっくりと近づいてきて、



あまりの綺麗さに

目を瞑った瞬間

俺の唇が潤の唇にゆっくりと重なった。














それから。

俺と少尉の逢瀬はつづいた。



少尉は正式に 北川家に許婚(いいなづけ)を解消を申し出た。



もとより、ご先祖の言い交わした約束とはいえ、伯爵家と男爵家の格の違いなどいろいろな障壁があったのだろう。


北川の家もすぐに婚約解消を承諾した。



俺も、

歌舞伎役者の修行をしながら、

少尉の元で、武道の修行を続ける日々。


武道だけではなく、

いろいろなことを教えてくれる潤に

日に日に心を預け、

こんな毎日がずっと続くと思っていた時だった。



ある日、

潤が俺の顔をまっすぐ見てこう言った、



「雅紀。戦争が始まる。

俺は行かなくてはいけない。」



え?

あまりのことに頭が真っ白になる。

潤は、軍人とはいえ伯爵家の将校。

文官として、ずっとここにいると思ってたのに。



「潤?

どこと戦争?

どこへ行ってしまうの?」



「露西亜(ロシア)だ。

露西亜との戦争が始まる。」



あまりのことで頭が真っ白になりそうな俺に、

潤は優しく話しかける。



「必ず。

必ず生きて帰る。

お前をむかえに行く。


だから。

お前も強く生きろ。」



潤が俺を固く抱きしめた。








⭐︎つづく⭐︎









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