幸にして、

名刺交換はしていた。



家に帰って


ずぶ濡れのスーツの名刺入れから、

その名刺を両手で持って眺める。



「櫻井翔か。」


 

商談では、

課長の横で

真向かいに座る櫻井さんを見つめてた。

あの会社の若手のリーダー。

プレゼンを美しい日本語でかましてた。






課長に言われて、

いやいや参加したプレゼン。

実際の担当であるお前の意見が聞きたいと言われて、

ずっと提案を、

いや、あいつを

信用するに足りるのか、見ていた。







なんでこんなに気になるのか。

それは、

これからのビジネスか。

それとも…。





「そうだよな。 

あの人に似ているからだよな。」





わしわしと、

濡れたタオルで頭を拭きながら

自分の心を分析する。





「でも、俺らしくないな。

あんなこと。」





ま、どちらにしても

やってしまったことは仕方ない。




傘も持っていない他社のやつに、

優しくしたところで、

ただの俺の気の迷い。


なんか言われたら、

我が社の気配りの一つということにしておこう。





「ま、考えても仕方ない。

どうせ、俺なんて、

この世にいても意味がないやつだからな。


どうでもいいか。」






明日は出張はなく一日中会社。

対策を練る時間はいっぱいある。




俺は、

仕事相手として

これから付き合わなくてはいけないだろう櫻井のことを考えると

気が重たかったが、

それを忘れるように

ベッドの上に横になった。














おかしいな。

あのタイプは

自信家かつ直球勝負。

考えてしまったら、

どうしていいのかを考えすぎて、

石橋を叩き割るタイプだと

いままでの経験則で知っていたはずなのだが。











次の日、

出社しても、

櫻井からの傘のお礼の電話がこない。




あのタイプなら

うちとの商談をまとめるきっかけにするためにも

すぐに

これをきっかけに 俺にコンタクトをとってくると思った。






普通に電話を受けて、

さっさと、

「もう、要らない傘でしたから、

お手元でお使いください」

と、

切り捨てるつもりだったのに。








メールだと読んだが読まないかわからないし、

慇懃無礼な「お礼」メールなど、

世に溢れているから

きっとそんなことなどしてこないタイプだと

踏んでたんだが。




そうやって、

何回 もメールチェックをしても

メールはこない。






すると、

課長席で電話が鳴る。




遠くで聞こえる課長の声。




「あ、相葉出社してます。

今、この電話で代わりましょうか?」



あ、俺の名前。

ってことは、

櫻井さんか?



どきりとした胸を引き締める。



しかし、


「あ、わかりました。

では、後ほど。」 



普通に切られた課長の電話。



なんだ?

後ほど。後ほどって。



いらいらしながら、

またメールチェック。



悔しいけれど、

何をやっても空振りで、

俺はイライラしながらも

仕方なく自分の仕事に戻っていった。














⭐︎つづく⭐︎







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