ばたん。



鍵もかけずに自分の部屋を慌てて出て

隣の櫻井さんの部屋にいくために

走るかのように急いで向かう。


ぱたぱたとつっかけた クロックスが

音を立てる。


まるで俺の心がふつふつと泡立つのを

嘲笑っているかのようだ。




どうしてそんなに焦っているんだろう。



つい昨日までは、

あんなに穏やかに一緒に夕ご飯を食べていたのに、

今日、店で働いているところを見られたから?



俺に少なからず好意を抱いてくれている松本さんが同僚だったから?



それとも・・・


それとも、

松本さんと 櫻井さんが 俺たちのターゲットだから?



バレていないとは思う。

ばれてたら、こんなことじゃ済まない。

それに スマホだって出さないはずだし、

ご飯だって 食べないはず。



ただ、

気になるのは、櫻井さんが俺と一緒にいる時みたいな

美味しそうな笑顔で

ランチを食べなかったことだ。


いつもみたいにリスがどんぐりを頬張るみたいに

いっぱい食べ物を口に詰め込んで

俺の方を嬉しそうに見上げなかった。


あの心底幸せそうな笑顔は俺のためだけに向けられているのだとしたら

俺は、

今、あの笑顔が見たい。


今すぐ櫻井さんに会いたいんだ。



仕事のことなんて

はっきり言ってどうでもいい。

櫻井さんと

櫻井さんと一緒にいたい。

あの幸せな時間を少しでも長く共有したい。



その情動だけが

俺をただ突き動かす。




どうしてうちにご飯を食べに来てくれないの?



ぴんぽん。


ドアチャイムを鳴らしても

無音。

ドアの向こうの静けさが 主の不在を教える。



「まだ帰ってないの?」



汗ばんだ手に握りしめたままのスマホ。

LINEをのぞいてみても 連絡は

やはりない。


「よし。」


意を決してLINEの音声通話をタップしてみても、

呼び出し音は虚しく

マンションの廊下に響くだけだった。





⭐︎つづく⭐︎



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