「やはりね。」

松本さんが、目を落とす。


「? 
どういうことですか?」

一瞬のためらいの後
松本さんが俺の目を見て話し出す。


「私たちは櫻井翔という人物を昔から知っていますから、
彼の本質が このようにクリーンで聖人君子のようなものではないことがわかっているんです。

頭が良くて かっこよくて
皆に優しいのは
昔からでしたけど、
本当は やんちゃで 遊び心があって 
口も悪くて 
時々残念すぎるくらい 何もできなくてって人なんです。

そんな翔さんを
俺たちは大好きで愛してた。

でも、
この頃 保志を秘書として迎えるようになってから、
冷静で何も欠点がなくて完璧な超人みたいな人になってしまって
あまり感情も出さなくなってしまったんです。

それこそ『胡散臭い』ってやつで。

その『胡散臭さ』が気になっているマスコミが
翔さんの本性を暴こうとしているのもあって、
相葉さんには、
申し訳ないですが、
このビルで住み込みの業務を依頼したんです。

相葉さんを護るためと
翔さんを護るため。
二つのためだと思ってください。」


なるほどね。
だから、住み込みなんだ。


確かに 彗星のように出てきた日本の救世主だもんな。
何か、アラを見つけたり、ちょっとしたことで引き摺り下ろしてネタにしたいっていう嫌なやつは、
ごまんといそうだ。


そして、
今の言葉で分かったことが
もうひとつ。



松本さん。
人間としてなのか、恋愛対象かどうかわからないけど
櫻井翔が好きだったんだ。

そう、好きだった。
過去形。

今は、敬愛しているのか、畏怖しているのかどうなのかわからないけど、
その好きという想いは昇華して違うものになっているけど
本気で櫻井さんを心配している。

そして
一緒に本当の櫻井さんと戦いたいんだ。


「わかりました。
では、これからも
櫻井翔の心と向き合いながら 言葉を紡いでいきます。」


自分の本当の仕事の内容が分かった俺は
松本さんの目を見て、しっかりと頷いた。







・・・





言葉というものは、難しく、易しい。
そして、
それは 温かく、冷たい。

どのような人に贈る言葉なのか。
その人はどのような生き方をしていたのか、どのような知識を持っているのか、どのような思いや願いがあるのか。

それを思いながら、
書き連ねても、字面になってしまえば、
それは読む人・聞くひとの感性で自分の意図とは違い、形を変える。

だから、丁寧に

だから、優しく
それこそ すぐ壊れてしまうケーキを取り扱うかのように、
力の入れ加減にも気をつけて使わなければならない。


「これ、難しいな。」

愛用の万年筆をくるくると回しながら独り言つ(ひとりごつ)が、
その難しさが楽しくてたまらないのは、にこにこと笑ってしまう顔から隠しようがない。


そして
代筆するものとしては
当然、櫻井翔 その人の言葉や思いを反映できる言葉遣いをしなくてはならない。

というわけで、
これまでの 櫻井翔の執筆したものや、言葉。
演説原稿も読み直しているのだが、
やはり 途中から文体、表現、根本の考え方が明確に変わっている部分がわかる。


調べれば、
保志さんが経営陣に加わった頃あたりか。


「なるほど。そういうことね。」


俺は机に肘をついてあごを撫で
考えあぐねていると
あっという間に 退勤時間である5時のチャイムがなった。







⭐︎つづく⭐︎







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