何もなかったかのように、

植え込みの前に座っていると、

大野さんが身繕いを整えながら、

玄関の前に現れる。






「お。相葉ちゃん。

どうした?」




二度目ましてだというのに、

明るい声で俺に声をかけてくれる。



ご機嫌なのは、

その前にあんなことがあったからだよなと

思いつつ、



「おはようございます。

早く着いてしまいまして。


どうやってビルに入ろうか、

迷っておりました。」




「あ、もう。

昨日、このビルに入った時に、

身長、体重、体のサイズ、指紋、声紋、瞳孔の虹彩認証、全部認証システムに登録してあるそうだから、

このまま、フリーパスで入れるぞ。」






こわ。


それって俺の全部が生体認証できるものとして、

すでに個人情報として抜き取られてるってことじゃねえか。



スマホの生体認証なんて、

簡単に破られちゃうな。



それを考えると、

さっき 大野さんが言った このビル自体が、

全ての人の情報を抜き取って管理する恐ろしいICTであることには間違いない。




「今日は一人で13階まで行ってな。

俺は11階までは、行く気になれるが、 

どうも12階より上は行く気にはなれない。」




大野さんはエレベーターのボタンを押すと、

一人で上に上がるよう、

エレベーターの外から

俺に手を振った。








「おはようございます。」


13階に上がり、

挨拶すると、



こちらを向くのは、

松本さん。



向こうで、俺の到着など全く気にせずに打ち合わせをしているのは、

櫻井さんと 保志さん。



一生懸命話しているけど、

こうやって見ていると本当に自然で、

保志さんが、本当のヒトでないなんて信じられない。





ぼうっと見ていると、

やっと俺の存在に気がついた櫻井さんがこちらを向く。






「あ、相葉くんきたのか。


ちょうどいい。こっちきて。」



まるで昔からよく知っている旧知の仲であるかのように

俺を手招く。



「今日のTV討論会のこのスピーチなんだけど、

ここの言い回し、どう思う?」




「え?あ。あの。

少し読ませていただいていいですか?」




いきなり振られて、

どぎまぎしながら櫻井さんの横から原稿を覗き込む。




「えっと。

ここの部分ですが。」


「え、どこどこ?」





指差すと

覗き込んでいる俺の顔の横に櫻井さんが頬を寄せる。



い、いや。

近い。近いですって。


そんな初対面に近い男の前に 顔をそんなに近くに寄せてきたら、

誰だって勘違いしますって。






「こ、ここです。

これってこういうことですよね?」



慌てて、櫻井さんと目を合わせないようにして

優しい日本語に言い換えた文章を 

持ち合わせていた赤のフリクションペンで横に書き連ねる。




「そう。そういうこと。

あ、この表現の方が、みんなに伝わりやすい。


さすがだね。

相葉くん。


僕が見込んだだけのことはある。」





「あ、ど。どうも。

ありがとうございます。」



慌ててお辞儀をした後に、

櫻井さんと、保志さんの方を見ると

櫻井さんは優しく俺の方を見ていたが、

保志さんは、俺の存在がなかったように 違う方をずっと見ていた。








⭐︎つづく ⭐︎






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