人がくれば、

越してきたばかりの無機質な部屋も少しは温かみが帯びる。


鍋の湯気などに包まれて、

会話も弾めば、なおさらだ。




鴨と芹ときりたんぽの鍋を目の前に

恥ずかしそうに 櫻井さんが頭をかく。



「しかし恥ずかしいな。

かっこよく、お礼のお菓子をドアノブに下げて

立ち去るつもりだったのに。



見つかったどころか、

夕食までご馳走になって。」





しきりに恐縮する櫻井さんに

わざと顔を真面目にして

叱りつけるように話す。




「だめですよ。櫻井さん。

俺へのお礼は、一緒にごはんを食べてくれることだったはずです。


そんなことされても困るだけですよ。


それに昨今怖いんですから。

その フィナンシェに何かされたり、

毒とか混入されたらどうするつもりだったんですか。」





「確かに。

おっしゃる通り。」




櫻井さんが、はっとした顔になって

頭を下げる。



この頃は怖いことがおおい。

俺は越してきたばかりだから、

マンションの周りの人に認識されていないだろうが、

何があるかわからない世の中だ。



自分の欲望を満たすためだったら

気がつかれなければ何をしても構わない。


その風潮を良しとすることは絶対にあり得ないが、

他人が自分に危害を与えないと保証できないのが恐ろしい。




「それにさ。

もしかしたら櫻井さんのファンみたいな人や

もしかしたらストーカーみたいな人がいて

櫻井さんの行動を逐一見てるかもよ。



櫻井さんかっこいいんだから。」




何の気なしに軽口を叩けば



「ない。相葉さん。


絶対それはない。


それに

俺、ここに引っ越してきたばかりだし。」



櫻井さんが真っ赤になって必死に顔の前で横に手を振る。





くふふ。

可愛い。

櫻井さん。



そんなに必死に否定しなくていいのに。





「だからね。

櫻井さん。


そんなまどろっこしいことしないで

一緒にご飯食べよ。」



にっこりと笑えば



「では、ありがたくいただきます。」


櫻井さんが 行儀の良い人らしく両手を合わせて、

お箸を取った。








⭐︎つづく⭐︎






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