「あ、大野さん。
ブレンドなんだけど、
俺が淹れてもいいかな?」


「どうした? 相葉ちゃん?」


バックヤードに入るなり、
コーヒー豆をブレンドし始めた俺に、
大野さんがふにゃんと聞く。




大野さんは、
珈琲の味、全てを取り仕切るここのマスターではあるが、
カウンターに出ることは滅多にない。





「みんなの前に顔を出すような
そういうのは向いてない。」


ふわりと笑うが、
このバックヤードにニノこと二宮和也という名前のこいつがいて、
PCを叩いていることも原因の一つだ。



「不思議な客だね?
まぁくん?


五葉不動産の松本だって?」


ニノが、
店のいろいろな場所に仕掛けられた隠しカメラのモニターをちらりと見た後、
俺に笑いかける。



「うん。そう言ってた。」



五葉不動産は、明治初期からつづく五葉財閥の中核をなす会社だ。
この東京の、宅地開発や、
区画整理、ビルの再開発など、
全てがこの不動産会社によるものだ。






ぺちぺち。


ニノが
可愛らしいクリームパンみたいな手で、
キーボードを超高速で打つと、


「確かに。
この3日前に
子会社の五葉ファイナンシャルから、
そこの本社に入社したばかりの切れ者みたいだな。」


さっきの、
松本さんの プロフィールが画面いっぱいに映し出される。




「松本 潤。 29歳か。」


「ふぅん。俺たちと同年代で本社に引き抜かれるなんて、
すごいな。」


大野さんも、珍しく画面を覗き込む。




「この店のpot っていう名前のこと、
聞くなんて 
同業者かとも思ったよ。」


ニノも、
可愛らしいもちもちの頬に手を当てながら微笑む。



pot は、壺や、tea potのような意味を持つが、
スラングで「大金」という意味もある。 



それこそ、
ここは、普通の喫茶店のように見えるが、
大金をかすめとる場所でもあるのだ。





「うん。
わからない人だよね。

今も、スマホやPCとかいじくらずに、
静かに本読んでるし。


わからないから、
俺、あの人の好みに合うようなブレンド作って、
持ってくよ。」



「任せた。
気にしても仕方ない。

どちらにしても
その松本さんとやらに
まぁちゃんが淹れる珈琲が
気に入られるといいな。」



大野さんが、
にっこりと俺に微笑んだ。







⭐︎つづく⭐︎







コメントは非公開です。