先にあるく宮司の大野さんも和と呼ばれる狛犬のあと、
足取りが重い雅の手を取って、
石の鳥居をくぐって
神社の石段を登っていく。


どんどん、
その引く手の重さが重たくなっていくのは、
どうも雅の足取りの重さだけでなさそうだ。



「雅!」


階段を登り切った時、
もしやと気づき、

雅の方を見れば、
すでに、雅の手足の一部が灰色になっている。




「へっ。
ここは毘沙門天様の力が強いから、
人の姿、保っていられなさそうだ。

だから、
帰りたくなかったのに…。」


階段を登り切って
必死に笑顔で俺に話しかけている雅。




「雅っ。
お前っ。」
  

俺が雅を抱き抱えようとした時、


「そういうことだ。
人様の姿になって、善き人を誑かすのではないぞ。
雅。

はっ。」



なんと鎧を着た毘沙門天様が、
宝棒を振り翳し、
えいと、
雅の方につきつければ、


雅の姿が、
犬の形の像になる。






「雅っ。雅っ。雅ぁぁ。」



抱きしめていたはずの雅は、
右側の狛犬の位置に収まり、
口を開いてまるで吠えているかのようだ。



思わず駆け寄り、
抱きしめて、
雅が吠えかかろうとしている毘沙門天様の方を、
ぐるりと首を回して睨みつける。



「このぉ。
雅をこんな犬の像にしやがって。」




唸るような俺の声に、
武神としても名高く迫力のありつつも
眉の太い美しい顔の毘沙門天様は、宝棒を付いて、
ゆっくりと話しかける。



「いや違う。ご武人。
この子 阿は、
もともと我を邪から守るはずの獅子だ。

吽とはちがい、犬ではない。」


うんうん。
和と呼ばれる若者が、
したり顔で頷くと、
くるりと左の所定の場所に狛犬として収まる。



へぇ。
知らなかった。

左の吽像は、狛犬で、
右の阿像は、獅子なんだ、

確かに狛犬とはちがい、
さらさらなびく髪に、角もある。
その大きな口で、簡単に邪も悪者も噛み殺してしまいそうだ。


って、
感心してる場合じゃない。


雅。雅をどうにかしなくては。



じろり。
ここの神社の本尊であろう毘沙門天様を
睨みつける。


「戻せ。
雅を、人の姿に戻せ。」


俺の低い唸るような声に、
毘沙門天様がびっくりする。



「なぜ。なぜだ?
お前たち人間には関係ないことであろう。

この狛犬たちには
狛犬たちの役目がある。

この神社でそれを全うするのが、
この子たちの宿命(さだめ)であろう。」


ぎり。
奥歯を噛みしめて、
腰の太刀を握る。



「それでも。
この子たちにはこの子たちの思いのまま
生きる権利もあろう。

この子は、俺のところに来たいと言ってくれた。

それをこの子の意も聞かず、
無理矢理石にして縛りつけるのは
よくないのではないか。」


かち。

俺は毘沙門天様に向かって、
刀の束(つか)に手をかけた










⭐︎つづく⭐︎








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