「ありがと。
櫻井さん。
よろしくお願いします。

あ。
じゃあ、ご飯でもだしますか?」




といっても、
元旦だというのに、
かまどの火気の気配はない。


いや、
元旦には火の神様もお休みとして、
かまどは使わないのがしきたりなのだが、
飯の支度というものが苦手な櫻井は、
天秤棒担いだ振り売りが、
野菜や魚の煮付けなどを長屋に売りに来るのを
買って食事にしていたものだから、
かまどを使うことなどないのだ。



ましてや、
昨日の借金の取り立てで、
金目のものは全て根こそぎ取られた身。




何も、
やるべきこともなく、
さみしくひもじい腹を抱えて、
過ごすしかない正月。


かまどを使うための薪も、
食材もあるはずがない。






「くふふ。
こんな元旦には、
煮売屋さんも屋台も出てやいませんよ。

だから、
お節作って、
かまども使わずに、
家で過ごすのが正月ってやつじゃないですか。」


雅が、
からからと、
当たり前のように、
笑い飛ばすから、


じろりと、
目の前の雅を睨めば、
その雅は涼やかな目を三日月にしてにこりと笑う。


「ここに住ませてもらえるとわかれば、 
こっちのもん。

俺がどうにかしてきます。

翔さんは、
ここでお待ちくださいな。」




雅が、
着物の裾をはしょって、
さっさと長屋の外へ出て行く。





櫻井は、
雅が呼ぶ自分の名が、
苗字から名前に変わっていたのも気が付かずに、
呆気に取られて、
そんな雅の背中を見つめるだけだった。







⭐︎つづく⭐︎









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