斬ったはったは雅に任せた。

俺がやることは一つ。
この子をあるべき場所に戻して、
この子の父君を治すことだ。

「たのもうっ。」



春野豆後藩の上屋敷。
永野様が臥せていらっしゃるという場所。

ここには、幕府の目も光る。
それに、
家老の力も強いだろうが、
本当に殿様と、
行方知らずになってしまったそのお子を、
心配しているものの方が多かろう。

町医である俺が、
この嫡男である風磨様を抱いて入ってくれば、
俺が入れないはずはない。


「わたしは、町医の櫻井。
わけある場所で、
とらえられていた風磨様を助け出した。

殿の永野様にお引き渡ししたい。」


声を張り上げて叫べば、
門番がわらわらと門を開ける。



「おおっ。たしかに、風磨様。
では、風磨様はここでお引き渡しいただこう。
あとは、
藩の内内のこと。
ここで、
櫻井様とやらはお引き返しください。
おって、
礼などはいたしますゆえ。」




風磨を引き取って、
俺を追い返そうとする門番。


やばいな。
こいつも、隠元の手のものか。


きりりと奥歯を噛み締めた時だった。

風磨様が俺に抱きつきながら、
門番に言い返す。




「何をいう。
無礼者。

この櫻井様は、我が命を救った恩人。
なおかつ、
江戸の街の名医であらせられるぞ。

即座に
我を父君に逢わせるとともに、
この名医の櫻井様に父君を診させる。


わたしの命令が聞けぬのか。」


おお。
風磨様の知恵のまわること。

風磨様の賢さに目を丸くすると、
風磨様がぎゅっと俺に抱きついて、
こっそり俺の耳に囁く。



「ここからはわたしにお任せあれ。
櫻井様。

わたしと父とこの藩を助けてくだされ。
そのためには、
わたしは櫻井様のためになんでもいたしますゆえ。」

齢五つにもならぬ風磨様の賢さに、
舌を巻きつつも、
櫻井は、

「ということです。
風磨様とお殿様を診させていただきます。」


深々と礼をすると、
あたかも当たり前のように、
大名屋敷の奥まで風磨を抱いて入っていった。





⭐︎つづく⭐︎