一ヵ月ほど前のこと、
秋の健康診断でバリウムを飲んだら胃に潰瘍、ならぬ腫瘍・・・!
のおそれアリ?!
要精密検査の告知を受けて鼻から牛乳、
ならぬ胃カメラ飲んだのは、先々週だっけ?
毎日の仕事の起伏の激しさの中、つい延びのびになってしまっていたんだが、
仕事も若干は安定感?のきざしとともに、
早く検査結果を聞きに行かないと・・・・気にはしつつ、
一方で、前回の裁判傍聴の被告証言で耳にした
動物愛護募金に関して、募金が意図せぬ使途に消えたことの不当を訴えることが
賽銭の使途に関して信者が教祖サマに問う過ちと同様の解釈らしい
賽銭募金自称アイゴ団体の主宰者にはさて、
きょうが法廷の場にあっての最終弁論の機会、
どんな動物アイゴ論の開陳披露?も気になるところ。。。
なので、きょうは早朝出勤で、ちょこちょこっとの手配を済ませて、
まずは途中の立ち寄り先で仕事の打ち合わせ兼資料の提示にまず5分、
ついで大津の病院でアサイチ予約の診察も5分、
検査の結果は・・・◎♪
ただま、胃を見てもらったのになぜかドクターの名札の肛門科・・・?
には、診察日を替えてもらったから・・・?な、
おいヲイが、残ったりはあるんだが。。。w
寄り道ながらも大阪地裁の最終弁論の11時にはともかくセーフ。
で、裁判は、原告4名による最終弁論を傍聴するのみ、
じつはここもわずか5分で法廷お開き。。。いささか拍子ヌケ。
ところで、法廷の場に話題を戻して、もうちょこっとだけ詳しく書くと、
被告弁護士にすれば、審理が尽くされた最終弁論の場にあってナニを今さら、
前回被告証言の裏づけ資料の開示、提出の要はないというのが主張のようで、
被告側に期待していたサティアン募金の出納簿やら応援メールの開示はついぞなく、
原告の申し立てへの立証不充分さえ盾にとれば、
調子に乗ってナニ言い出すかわからない自爆と背中合わせの被告の最終弁論に不利はあっても有利なし、
そんな判断あったのか?
せっかく楽しみにしていた被告のアイゴ論拝聴の機会もないまま、
かくして、判決の日は22年2月5日、
とのことだった。
原告被告の有利不利に関しては、正直言ってわからない。
判決に、倫理、道徳を基礎とした一般常識、良識を問う内容が盛り込まれれば、
原告有利と理解はするが、
裁判が、事態に関連する諸法令条例とのすり合わせだけの判定に終わればまた
違う結果になるようにも思う。
かつて、大阪の動管からは犬の引き取り事例だけでの自称認証団体の冠や
一回ポッキリ高島市長との対談機会を指し、
官民一体での動物愛護の協力体制確立への意見の一致やら、
自称への拡大、誇大、上げ底ごときはウソと認めない彼らのことだ。
判決が後者となれば「賽銭募金アイゴ団体大阪地裁認証第一号」を自賛はじめるに違いない。
あきれはてている場合ではない。
その冠がいただけないのは、問題が、コトこの裁判だけの問題ではないということだ。
かわいそなワンちゃんを救おう、だけではない、世には無数の慈善活動の存在がある。
難病の○○ちゃん救済募金活動、アフリカの飢餓を救おう、アフガン難民に毛布を送ろう、
それらの全てが必ずしもホンモノの慈善とは言えないのが現実だ。
それが慈善は名ばかり、見下ろし目線の偽善行為だったらばその看過もできよう。
だが、慈善を騙り事実上の集金稼業に利用するペテン師の存在も世にはあるのが現実だ。
立証責任は原告の側に。
あくまでも、その原則論がこの裁判結果にもしも優先採用されたとすればだが、
世のペ天使系同種稼業への、おおいなる励みと自信に繋がりかねなくて、
それをゴ同慶のいったりきたりで見過ごすことは間違っている。
そもそも善人がバカを見る世の中が間違っているということだ。
間違いは可能なかぎり正すべきだ。
判決の日まで、まだ2ヵ月半ある。
けして悲観論者のつもりはないが、果報は寝て待て、の楽観視は安易と見ている。
せっかくの有志の法廷への問いかけへの後押しに、
微力ではあれ、何かできることは?
歯がゆさとともに、自らへの問いの残る裁判傍聴の機会ではあった。